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玩具の人形──96.

「だから、なんですか……もう一度酷いことをするために、トイに会いに来たとでも言うのですか」 「……ああ」  言い訳はしない。どんな思いでトイに近づいたにせよ、結果的に酷いことをしているのに変わりはない。 「なんてことを……!」  臨界点を突破したのか、崩れ落ちていたシスターが勢いよく立ち上がった。 「連れて帰ります!」 「バカ言うな、この状態で動かせるわけねえだろうが。医者からも安静にしとけって言われてんだよ」  トイを抱え上げようとしたシスターは、少し触れただけで意識の無いトイの身体が震えたため、ぐっと唇を引き結び手を引っ込めた。 「数日はここで大人しくさせておけ。連れ帰るのはその後だ」 「そんなこと……!」 「──別に、こんな状態のガキ相手に何もしねえよ」  かっと弾かれたようにシスターがソンリェンを睨みつけ、詰め寄ってきた。  避けるつもりはなかった。予想以上に強い力だったが、背が低く細い腕の女に胸ぐらを掴まれたとしても身体がふらつくわけでもない。 「そう言うのなら、なぜ、なぜ今更、トイにこんなことをしたのですか!」  自分でも不思議だった。揺さぶってくる女は鬱陶しいことこの上ないのに、なぜ好きにさせているのかと。普段の自分であれば他人に許可なく触れられるのも耐えられない。思い切り振り払っているはずだ。 「見ればわかります、トイは、1年前に助けた時と同じ状態になっています、何をしたのですか!」 「薬を飲ませた」 「なぜ」  だが直ぐにその理由に思い当って失笑した。こうしてこの女にわざわざトイの過去を洗いざらい話していることが何よりの答えだ。  ソンリェンは愚かにも、断罪を欲しているのだ。  トイを慈しんでいるこの女に。 「見りゃわかるだろ、壊そうと思ったからだ」 「なぜ!」 「なぜ、ね」  そんなこと考えるまでもない。  少女とトイが仲良く並び合っている光景に、苛立ちと忌々しさを覚えたからだ。トイが絶対に自分のものにはならないのだという事実を見せつけられたからだ。当たり前の現実を目の前に晒されて、理性が掻き消えたからだ。  トイが自分の元を去っていくという恐怖に、押し潰されそうになったからだ。 「お似合いだなんて、てめえが聞き捨てならねえこと言うからだろうが……」  目を見張ったシスターを冷たく見据える。関係のない人間に当たっている自覚はある。だが抑えられない。ソンリェンが感情を理性で抑えることが出来る人間であれば、そもそもトイを苦しめてなどいない。 「こいつは、トイは」  細い腕を掴みあげ、折ってもいいほどの勢いで強く引き剥がす。 「……俺のもンなんだよ」  我ながら地を這うような声だと思った。トイはソンリェンのものではない、そんなことわかりきっていたが口に出さずにはいられなかった。  特にこの女の前では。 「俺のもンだ。誰にもやらねえ」  トイを誰にも渡したくない。  今までは遊ぶためだった。だが今度は誰にも奪われないように、ソンリェンだけのものにするために監禁してしまいたかった。  そんなこと、もう出来ないけれど。 「ふざけんなよ、やってたまるか。触るな……触るんじゃねえ、こいつは俺の、俺だけのもンだ」  酷い独占欲と執着心だ。レオはこれを恋などと称したが、そんな生易しいものではない。  ソンリェンは、トイの全てが欲しかった。  ソンリェンにとって無関心の象徴でもあったトイは、トイに対する気持ちを自覚してしまえば全て反転し、無関心以外の全てになった。  口にすればするほど、想いが強くなるほどに。 「こいつに近づく奴ら、全員殺してやりてえよ──もちろんお前も、あのガキも」  どうしてこれほどまでの圧倒的な想いを、あの1年と半年で自覚しなかったのか不思議なくらいだ。 「トイは──俺のもンなんだよ……!」  シスターが数歩後ろへ下がった。掴んでいた腕を振り払う。シスターはもう、ソンリェンに詰め寄ってはこなかった。 「……身体を、売っていたと。あの日も、客に手酷くやられてしまったんだと」  茫然とした表情で、シスターが口を震わせた。 「てっきり、貴方は、トイの、客だったのだとばかり」  シスターの瞳が涙で盛り上がり、じわりと決壊した。はらはらと涙を零す仕草は儚く女性的だがなんの感情も抱かない。  トイに対してだけだ。この冷めきった心が動くのは。 「違うんですね、言えなかったんですね……こんなこと、言えなかったんですね……!」  シスターは顔を覆って暫く涙を零していたが、それでも気丈に顔を上げた。トイが心の底から慕う相手というのはこんなにも真っ直ぐなのかと思った。  ならば、正しい道とやらを逸れ続けたソンリェンなど、トイの視界にも入らないはずだ。 「……私は、今日と明日、ここに泊まります」  女は泣き腫らした目でトイを見つめると、すっと扉を指さした。ソンリェンに向けて。 「出て行って下さい」 「ふざけてんのか、ここは俺の部屋だ」 「ええ、ですが私がトイを看ます。貴方は別の所で寝て下さい」 「てめえ」 「貴方じゃダメだということが、わからないの?」  がんと、壁を叩いて見せたがシスターは怯まなかった。 「貴方が同じ空間にいるとトイも落ち着けないわ。今あの子の傍に居るべきなのは、私です」 「自惚れんなよ」 「事実よ」  正しいことを言われているのはわかるが、何よりこの女にだけは指図されたくなかった。こんな、少しばかりトイに好かれているだけのただの女に。 「出て行きなさい。薬を使われたあの子が、どうなるか貴方、知らないでしょう。私は知ってる、ずっと看病してきた。苦しくて悶えるのよ。怖くて泣き叫ぶのよ。そんな状態でパニックを起こした時に元凶が傍に居ればどうなるかなんて考えなくともわかるでしょう。もう一度言います、出て行きなさい。トイのためを思うなら──貴方、邪魔なのよ」  一息に吐き捨てられて、たとえようもない苦味が膨れ上がる。それが真実であるから尚更だ。 「てめえ……」 「貴方が傍にいればトイは死を望むわ!」  眦に剣を滲ませた瞳に睨みつけられる。鋭い炎のような苛烈さに気後れする。 「トイはいつも笑っていたわ! 皆に心配をかけないようにって! でもあの子の笑顔の裏にはいつも死があった! 日常の合間に、ぼうっとしてる時に、無意識のうちに死を望むのよ! 一緒に食事の、準備をしていた時に、野菜を切りながら手首を切ろうとしたこともあったわ……!」  悲痛な叫びにぐっと息を飲み込む。頭を水に突っ込んだまま微動だにしなかったトイを思い出した。無理矢理引き上げて頬を張ればトイは唖然としていた。  まるで自分がやろうとしたことを、自覚していないみたいに。きっとトイのあの行動は、シスターにとってみれば日常茶飯事のことだったのだ。 「まだわからないの!? あの子をそうさせたのは貴方でしょう! あの子が生きていることが、奇跡なのよ! 本当に酷い状態だった……膣も肛門もあり得ないほどに裂けて、男性器にも切り傷があった! 何をしたの、一体何を入れたの! あの子に、どれほどの……!」  シスターが喉を詰まらせた。蒼白な顔だ。  何を思い出しているのかはわからないが、きっとソンリェンには想像もつかないほどの光景であることは確かだろう。 「血が止まらなくて、身体中痣と噛み痕だらけで、叫び過ぎて喉も裂けて、まともにしゃべることも出来なかった……足も、折れてたのよ。 1年かかったわ! ようやく……ようやく、自分の身体を大事にするようになってきたのに、本当の笑顔を、見られるようになったのに! 貴方が傍にいれば、また戻ってしまうわ……!」  全員で犯し続けただけでなく、殴りも蹴り飛ばしたりもした。全員でトイの穴をいたぶった。それぞれが残虐な行為をした。  ナイフでトイの男性器の先を抉ったのはエミーだ。  反応がないからとトイの脚を折ったのはロイズだ。  締まりを調節するんだと適当なことを言いながら玩具などで肛門をめちゃくちゃにしたのは、レオだ。  緩いからと苛立ち膣に異物を突き入れ、靴裏で強く押し込めたのは──ソンリェンだ。 「出て行きなさい!!」  シスターの叫びが、直接ソンリェンの悪行をソンリェンに知らしめる。

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