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告白──106.
ソンリェンの語尾が震えた。
彼が笑ったことは確かだったのだが、誰を嘲笑ったのかはわからなかった。
だが、トイを、そしてトイ以外の人たちを馬鹿にしているわけではないように聞こえた。
どちらかというと、ソンリェンが、ソンリェン自身を──。
「なに、言ってんだよ……ソンリェン」
「そうすればお前は俺を見るのか。お前に近づく奴ら全員、お前から遠ざければ……は、わかってんだよ、そういうことじゃねえんだ。わかってんだよ……」
掠れた独り言のような声に切なさが滲み、伸びてきた指先にそっと肌を撫ぜられる。
おそるおそるとでもいうように払われた前髪、頬に添えられた手のひらが、親指が、トイの頬を包み込む。トイは避けられなかった。
「トイ」
トイは顔を上げてソンリェンを見た。そして、上げなければよかったと直ぐに後悔した。
真っすぐな空色の瞳に覚悟が見えた──見えて、しまった。
「俺は、どうやったら変われる」
血の気を失った白い肌は、吸い込まれそうになるほどに透明だ。最初に具合が悪そうだと思ったのは見間違いではなかったらしい。
逞しい腕に、身体を撫でられた記憶がある。
寝る間も惜しんでトイを看病でもしてくれていたのだろうか──なぜ?
「そんりぇん」
ディアナに見せつけるように犯された現実がどこか遠かった。
ソンリェンから目を逸らせなくて息が詰まる。
「どうすればいい、どうすればお前がわかる。お前と同じ目に合えば、お前に近づけんのかよ」
「え……わ」
唐突に腕を引かれ、背中を抱えられて視界が回った。いつもの流れでいけばこのままベッドに押し倒されて視界には天井が広がっているのだが、今日はどうにも勝手が違った。
顔に固い何かが当たり、慌てて離れる。見下ろす先にソンリェンの顔があった。しかもベッドに横たわったソンリェンの、だ。
捕らえられた腕はソンリェンの顔の横に。もう片方の腕はソンリェンの首元に。今顔を打ち付けたのはソンリェンの胸辺りだったのだろう。
先ほどまで見上げていたはずのソンリェンはベッドの上に身を任せており、トイは彼を覆うように、ソンリェンを自ら組み敷く体勢にさせられていた。
「なに……」
茫然とする。自身の体勢に気が付くまで数秒掛かった。
トイは直ぐにソンリェンの上からどけようとしたのだが、長い腕に捕らえられて動けない。
ソンリェンの腕の力が異常に強いのだ。絶対に離さない、そんな強い意志が垣間見えた。
「あの、そんりぇ」
「犯せ」
「……え?」
10秒ほど固まり聞き返す。意味はわかるが、理解が追いつかなかった。「犯せ」と、ソンリェンはもう一度同じ言葉をトイに告げた。
「おか、す?」
「そうだ」
「誰、を?」
「俺を」
「お……」
気が狂ったのかと思った。ソンリェンが。
それほどまでにソンリェンから放たれた台詞は衝撃的だった。
「俺が憎いんだろ。俺がお前にしてきたことを今俺にしろ」
「なに、言ってんの」
ソンリェンの瞳は変わらず、真っすぐにトイを見上げていた。水に濡れてしまった金色の髪が艶やかに光っている。ソンリェンの目は本気だった。本気でトイに自分を犯せと言っていた。そこには嘲笑やましてや冗談めかした色すらも浮かんでいない。いっそ不自然なほどに力に満ちていた。
だからトイは、冗談だろうと苦く笑うことも出来なかった。
「わかるだろ、俺に突っ込めって言ってんだ。てめえのそれを」
ソンリェンが膝をくっと曲げてトイの臀部を押してきたせいで、てめぇのそれの意味がわかってしまいひゅ、と喉が狭まった。
反射的に彼の首元から腕をどかそうとしたのだが余計に固定される。ソンリェンはトイを逃がす気はないようだ。
「ついてんだろ。慣らさねえで突っ込め、好き勝手に腰振れ、俺の頬を叩け、思い切り蹴り飛ばせ」
「そんりぇん」
「お前の気がすむまで、俺を犯せ」
そんなことを言われてもただ困惑するだけだ。思考が固まるとはこういうことを言うのだろう。
ソンリェンの台詞の半分もトイの耳には入ってこなかった。
おれをおかせ、という単語だけが耳の中でぐるぐると回っている。
ぽたりと、滲んだトイの汗がソンリェンの白い眦の近くに落ちた。ソンリェンはそれでも、視線を逸らさなかった。
「ふざけてんの」
「ふざけてねえよ、本気だ。やり返しもしねえよ」
ふと、ソンリェンの力が緩んだ。
「……それで、これまでのことがチャラになるだなんて思っちゃいねえ。俺は……お前にしてきたことなんざ8割方覚えてねえんだよ。でもお前は覚えてんだろ、ひとつ残らず……」
ふとソンリェンの声が小さくなった。ソンリェンの唇が歪な形に広がる。見たことのない表情だった。ソンリェンが力を抜いた今ならなんとか逃れることも出来るはずなのに、トイは動けなかった。
「だからそれをやれ。それで少しでも、お前が笑うなら」
「そん、りぇ……」
ソンリェンの言葉通り、トイは覚えている。
意識が途絶えていない時に、彼ら4人にされたことは何一つ忘れていない。今でも夢にみるくらいだ。
ソンリェンにされてきたことも、何一つトイの中から消えてはいない。
けれども。
「それでもいいぜ、お前になら突っ込まれても」
ゆっくりと首を振る。
トイの汗で濡れた金色の睫毛が静かに瞬き、ソンリェンの目が細められた。
きらりと透明な輝きを放つそれから、目が離せない。
「お前になら……犯されてもいい」
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