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繋がれた手──116.
「トイ、セックス好きだろ? 俺もトイとのセックス好きだよ、本当に」
『トイは、セックス好きだもんなあ──これ入れても喜んじゃうよね』
そう言いながら、トイの身体に見合わぬほどの大きさの玩具を突き入れて好き勝手に抜き差しを繰り返し、もがき苦しむトイを見てけらけらと笑っていた。
その度にトイは、エミーとするセックスが好きだと死に物狂いで頷いた。だってそう返さないと、エミーは怒るから。
「今まで酷いことしちゃってごめんね? 俺、トイがいなくなってからめちゃくちゃ反省したし後悔したんだよね。もうしないって約束するから。欲しいものも好きなだけいっぱい買ってあげる」
だらだらと並べられた嘘に、心が動くことなんてあり得ない。
酷いことだなんて、どうせトイに何をしてきたかなんてほとんど覚えていないくせに。
「あ、そうだ。前にトイの爪剥いじゃったこともあったよね。綺麗に治ってるみたいでよかった。ごめんね? ほんとに」
そう言いながらするりと撫でられたのは左手の親指だ。
エミーに剥がされたのは、右手の親指だ。
「幸せにしてあげるから。さ、サインして」
「や、嫌だ、どけよ」
肩を掴まれ、薄い紙が置かれたサイドテーブルまで連れて行かれそうになる。
隙を見て扉まで走ろうかと思っていたのは直ぐにバレたようで、大きな身体で扉が見えないように抱き抱えられた。
「無駄だよ。扉の前には俺の家の使用人が控えてるから」
「いやだ! どけって、言ってんだろッ……!」
それでも震える手でなんとかエミーを押しのけようとする。
ぼそりとエミーの声のトーンが下がった。
「……ほんっと聞き分けなくなったね。せっかく俺が下手に出てやってんのにさ」
もがいている途中でひやりと首に走った冷たさに目を剥く。視線を下げてみると銀色の光沢が目に入った。
「さっさと書けよ」
いつから取り出していたのか、鋭いナイフを首に突き付けられていた。
「──ひ」
自分の意思とは関係なく、かたかたと身体が震え始める。エミーにこのナイフで、散々いたぶられた過去が脳裏を一瞬にして駆け巡った。
「お前さ、文字書けんだろ? いいからとりあえずサインしろよ」
エミーの顔からは、笑顔が消えていた。
「書かないとゆっくり刺しちゃうよ。首って柔らかくて痛いんだって。どこから抉る? 顎? 鎖骨らへん? 誰かの助けが来る前に血だらけになって死んじゃうね、お前」
「……なん、で」
ナイフからは目を離さぬように必死に身体の震えを抑える。
そうでもしないと刃が当たってしまいそうだった。
「オレの、ことなんて、なんとも……思ってない、くせに」
詳しいことはわからないが、こんな書類までわざわざ作るということは決して逃がさぬようにするためだ。ソンリェンから確実にトイを奪うため。
だが別に、エミーがトイに恋焦がれているからこんなことを仕出かしているわけではないことなどトイが一番よく知っている。
「だってソンリェンがさ、お前のこと好きっていうんだもん」
ぴたりと、トイの震えが止まった。
「ズルくない? 俺だってソンリェンのこと好きなのに」
どうして。
「大好きなのにさ、ず~っと俺のアプローチ跳ねのけてさ、よりにもよってお前にいくんだもん。腹立つなって方が無理じゃない? 穴に惚れるって最高に趣味悪いよ」
どうして、今、こんな状況で。
「ソンリェンに出会ったのって俺が14歳ごろなんだ。その頃からソンリェンってめちゃめちゃ美人で可愛くってさ。まあまだ俺の方がソンリェンよりもちょっとだけ背低いけど。そのうち追い抜くし」
ソンリェンの口からも、絶対に聞きたくなかったその言葉を。
ソンリェンに決して言わせぬよう身体と心全てで拒んだその言葉を。
「ソンリェンは男がダメみたいだったけど、お前に恋してるならほら、脈あるじゃん?」
──よりにもよって、エミーから聞かされなければならないのか。
恋、惚れる、好き──好き。
ぐしゃりと顔が歪み、痛みさえも生まれてくる。
まさかこんなことで震えが止まってしまうなんて、最悪だ。
本当に、最悪だ。
「……エミーは、ソンリェンに、抱かれてえの」
トイの様子がおかしいことに、エミーは気づいていない。
「は? なんで俺が抱かれること前提なわけ? ま、別にどっちでもいいけどね。俺上も下もいけるし、ソンリェンは綺麗だし」
ほうっとエミーが恍惚とした表情を浮かべ、ソンリェンの部屋を見回した。
「ソンリェンなら、抱いても抱かれてもいい」
僅かに赤らんだ頬に、吐息のように囁かれた声にエミーの本気を知った。エミーは本当にソンリェンが好きで、ソンリェンに恋をしているのだ。
今考えれば思い当たることも確かにあった。
ロイズがよく、「エミーはソンリェンが大好きですね」と言っていたし、エミーはソンリェンによく抱きつこうともしていた。ソンリェンには難なく躱されていたけど。
そしてあれはエミーとソンリェンの二人に犯されている時だった。
這いつくばってソンリェンのものを必死にしゃぶるトイの後ろを貫いていたエミーが、照れたように言ったのだ。
『あー、なんか……ソンリェンとセックスしてるみたい』と。
トイの頭に触れることもせず、煙草を吸いながら懸命に口を動かすトイを淡々と見つめていたソンリェンは、エミーの戯言を『気色わりぃこと言うな』と一刀両断していた。
トイをソンリェンが犯している姿を見かければ、エミーはよく混ざりたがった。
あれはそういうことだったのか。
疑似的に、ソンリェンと身体を重ねているような感覚に陥れるから。
──最高に気分が悪くなった。
鳥肌が立つどころか、気色の悪さに吐き気を催すくらいだ。
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