117 / 135

繋がれた手──117.

「だから、お前がちゃーんとした俺の愛人になっちゃえば話が早いんだよ。そうじゃないとソンリェンお前のこと手放さないだろうし。でも俺の家の方がソンリェン家よりもお金持ちだから、この紙にサインして貰えば後はこっちのもんなんだよね。パパだってソンリェンの親にお金貸してるし」 「……イかれてんね」 「は?」  おぞましさを声に乗せてトイは吐き捨てた。 「あんたら狂ってる。頭おかしいよエミー。ソンリェンが好きとか、最高に趣味、わる……」  もしもエミーをソンリェンが選んでいたとしたらエミーよりも趣味が悪い。  すうっとエミーの目が細められた。がんと拳で頬を殴られ、ベッドに突っ伏す。 「うッ……」 「うわ、ムッカつく~」  髪の襟足を掴まれ、ぶんと振り回されてシーツに額を叩きつけられた。ベッドが柔らかくて命拾いした。それほどの勢いだった。  突然、首に巻かれていた包帯をぐんと引っ張られ喉が狭まり苦しみに喘いだ。  ナイフで思い切り切り裂かれた音がする。案の定はらりと包帯が散った。  そこは首を絞められたことによる鬱血痕やら噛み痕やらキスマークやらで凄いことになっているはずだ。  ソンリェンの執着が色濃く残るその痕に、エミーはどのような気持ちを抱くのか。  考えただけで、心が重くなる。 「なにこの痕。ソンリェンにやられたの? っとに、腹立つなあ……お前」  剥き出しになった首の裏を、ナイフでするりと撫ぜられた。  ぴりとした痛み、たぶん薄く切られた。肩はぎりぎりと押さえつけられているため振り向けない。  爪が食い込むくらいなのでエミーは相当ご立腹のようだ。 「なんでお前なんだよ……俺たちに選ばれなかったらただの孤児だったくせに。ただの穴で性処理道具で、突っ込まれるだけしか能のない玩具のくせに」  エミーの剥き出しの嫉妬を感じる。ソンリェンに対してではなくトイに対しての。  ソンリェンに痕を残されたトイの身体が気に食わないと、声色にどんどんと怒りが増していく。 「力もない、金も権力もない、ゴミみたいな孤児のくせに。最後だってガバガバになっててもう挿れられたもんじゃなかったじゃん」  エミーの悪意が、鋭い刃となってトイの身体を切り刻む。 「もう具合だってそこまでよくないだろ。どこがいいんだかこんなクソみたいな穴の。なんて言ってソンリェンを誘ったの、ねえ……ねえ、聞いてんだよ! 答えろよ!」 「い、ッ゛っ……!」  ヒステリー気味に叫ばれて脚を広げられ、ずくりと下着の上からナイフを差し込まれて腰が浮いた。  まだ布があったぶん食い込むだけで布を切り裂かれてはいないが、じわじわと押し込められていく。  少し動いただけで突き刺さってしまいそうだ。  1年ぶりに出会ったあの日ソンリェンに膣にナイフを突っ込むぞと脅されたが、あの時の彼は結局しなかった。だがエミーは違う、この男はする。  だって、壊された日にトイの陰茎をナイフで傷つけて笑っていたのは、他でもないこの男だ。 「っは、このままぶっ刺せば膣と肛門繋がっちゃうね。ああ、そうしたらもっとでかい玩具入るかもな。俺の友達いっぱい呼んでお前を貸し出そうか? 何発でも中出し可能なゆるゆるの玩具がありますよって宣伝すればみんな遊びに来るかも。あっ、ソンリェンに可愛がられた傷痕、地下牢で全部ひっぺがしてやるのもいいかも、最高のショーになるよね」  誰かが飛び込んでくる気配はない。どうしてこんな状態になっているのかもわからない。  あまり想像はしたくないが、ハイデンがエミーを招き入れたという可能性もありうる。誰が敵で誰が味方かもわからない。  だが、今トイを組み敷いているエミーが敵であることは確かだ。  背後から感じる圧倒的な悪意に歯を食いしばりながらトイは唸った。 「引っぺがして……みればいいだろ」  思いのほか精神は落ち着いていた。怒りで思考が冴えていたのかもしれない。 「こんな傷痕、欲しけりゃ、くれてやる……好きで、こんなことされたわけじゃない」  トイはいつだって望んでいなかった。  犯されることも、傷をつけられることも、快楽を与えられることも。それを責められるなんて理不尽だ。  孤児として生活していたころもままならない目には合っていた。  けれどもソンリェンたちに監禁されてから、トイの世界はもっと理不尽になった。 「ソンリェンと、両想いになりたいって? はは、ソンリェンはエミーのこと……これっぽっちも好きじゃねえよ」  ぐっと差し込んでくる力が増した。あと少しで下着が裂けてしまう。 「エミーの片想いだ……可哀想に、相手にもされてないんじゃないの」 「あのさあ、何いい気になってんの、ちょっとソンリェンに気に入られたからって」 「なってねえよ……どうでもいい」  エミーに殴られた際に内頬が切れていたらしく、口の中に血の味が溜まっていく。 「ソンリェンがオレを気に入ったかなんて、どうでもいい。オレは、絶対ソンリェンを好きにはならない」  文字通りシーツに血反吐を吐き捨てながら、トイは勢いをつけて振り向いた。  案の定、怒りに目を見開いているエミーと視線が合った。   「這いつくばって頭下げられたってごめんだね。アンタのアイジンにだって、なってたまるか!」 「……お前、玩具の分際で!」 「そっちこそ、エミーの分際で……ふざけんなよ!!」  勢いをつけて脚を後ろから振り上げてエミーの急所を蹴り飛ばす。うまく入らなかったが掠めはしたようだ。  エミーが低く唸って腰を曲げた。  即座に飛びのいて、緩んだ手のひらからナイフを奪ってベッドから転がり落ちる。扉とは反対側の方だった。 「いっ、て」  まだ足もふらつき本調子ではないとは言え、だてに監禁される前までスラムで生活していたわけじゃないのだ。  ばっと急いで扉の外へ向かおうとしたが、直ぐに起き上がったエミーが爛々とした笑みを湛えながらズボンの脇から何かを取り出し、それをトイに向けてきたのでたたらを踏む。  がちんと響く音。黒光りするそれは、紛れもなく銃だった。

ともだちにシェアしよう!