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トイの青空(終章)──133.
「あー……」
沈黙に耐えきれなくなったのか、ソンリェンが小さく唸った。
ふと、ベッドにぎしりと体重を預けたソンリェンの手首に視線を惹かれた。2色のミサンガ、トイがソンリェンに成り行きで渡したものだ。
ソンリェンはこれをトイが彼のために作ったものではないとわかっていながらも、未だに肌身離さず付けている。胸の奥がきゅっと締め付けられた。
「ソンリェン」
そろりと、自分からソンリェンの手首に触れる。びくりと反応したのはソンリェンの方だったが、振り払われないのをいいことに手作りのミサンガを撫でる。
「今度、ちゃんとしたの作るな。ソンリェンのためにさ」
別の誰かではなく、ソンリェンのために作ったミサンガを。
下からソンリェンをちらりと見上げると、トイを凝視してくる彼と目が合った。
数秒か、それともそれ以上か。魔法にかかってしまったかのように彼から目を離せずにいると、後ろからするりと肩に手が回って来て、くいと引き寄せられた。
「え……わ」
とすんとソンリェンの肩に寄りかかる体勢になる。
服越しに、ソンリェンの匂いがとても近くなった。
もっとすごいことを彼とは散々しているはずなのに、初めての体勢にトイはなんだか気恥ずかしくなってしまった。
「そ、そんりぇ……なに」
答えないソンリェンをやんわりと押しのけようとした。が、肩を掴んでくる力は緩まない。それどころか強くなる。
肩を抱きかかえられている状態なので、ソンリェンの顔は見えない。
けれども頭に顎を乗せられ、密着させられたソンリェンの首筋から早い鼓動が肌を通して伝わってきて顔が熱くなってきた。
それともソンリェンの肌が熱いのだろうか。ソンリェンは、トイよりも体温が低いはずなのに。
身動きをすればさらりとソンリェンの髪が額にかかってきて、余計に身体が緊張した。
肩を抱いてくるソンリェンの手もどこか硬いような気が、する。
暫く身体をくっつけたまま互いの体温を感じ合う。
ソンリェンはやはり何も言わない。何も、言えないのかもしれない。
「あの……ソンリェン」
「……なんだ」
やっと返事をしてくれた。ほっとしてソンリェンの袖を掴む。
「ここ、汚いんだってば」
「みりゃわかる」
「だから、ソンリェンここにいたら病気に」
「なるかよ、こんな埃ごときで」
「でも──ん」
傾きながら接近してきたソンリェンに唇を塞がれた。
突然の触れ合いに怯える暇も、後ずさる暇もなかった。
「ふ……ぅん……」
久しぶりの唇へのキスだった。舌は入ってこない。その代わり伺いを立てるようにそろりと唇を舐められる。薄っすらと目を開けばソンリェンの青い瞳がじっとトイを見つめていた。
情欲の混じるその色は至近距離からでは目に痛い。口を開けばいつものように舌がなだれ込んでくるのだろうが、トイはぎゅっと口を閉じてしまった。
ソンリェンの舌は無理矢理歯列を割ることはなく直ぐに離れた。
「ふ……は」
「苦えか」
「え」
ソンリェンが少し口を開けて見せた。煙草の味のことを聞かれているのだとわかり、首を振る。
「そんなに苦くは、ねえけど──んぅ」
一度目よりも深い角度でまた唇を重ねられる。ただ、今度は舌の代わりに肩を抱いていたはずのソンリェンの手がするりと服の下に忍び込んできた。
くいと後からズボンを引っぱられ、ソンリェンの望んでいることがわかり慌てて固い身体を突っぱねる。
「んっ……ふ……は? ちょ、こ、ここで?」
「──いやか」
「い、いやとか、そういう問題じゃ」
「そういう問題じゃねえってことは嫌じゃねえってことだな」
「わ」
言いながら服を掴んでいた手を取られ、圧し掛かられそうになってさらに慌てて逃げを打つ。が腰に回された腕にがっちり固定されているため右にも左にもましてや後ろにも移動できない。
どんどんとソンリェンの顔が近く、大きくなってくる。青い瞳に圧倒的な雄の欲を湛えたまま──やばい。
「ま、まてって、ソンリェン」
「……ンだよ」
襲われているのはむしろトイの方だというのに、そんな機嫌が悪そうな声を出されても困る。先ほどまでの愁傷な態度はどこへ行ったのか。
「こ、ここ、どこだと思って」
「あ? お前の前の住処だろうが」
「ちが……わねえけど、だから、汚いって」
「ああ汚ねえな。埃まみれだ」
「虫、いるんだけど」
「いるな」
淡々と言葉を返してくるわりに、ソンリェンの手つきは性急そのものなのだからタチが悪い。
するりと脇腹を擦られてぴくんと仰け反る。
「ぁっ……オ、オレにもう、触れないって」
「許可なく、だろうが」
「そんなの、言葉尻……そんりぇん!」
殊更大きく目の前の男の名を呼ぶと、最後まで押し倒される寸前でくいと引き戻された。
至近距離でソンリェンに見つめられる。
「トイ」
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