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第6話 4月~5月 (4)

事の顛末を聞けば、佐伯はLinksのマネージャーを外されて謹慎が決まったようだ。 平九郎が噛んだ傷については、彼も梅に怪我を負わせたので凪が撮影した証拠を表に出さないことを条件に示談となった。 流石にアーティストへあれだけの暴言を吐いていたら社内外でも問題になる。 光輝は彼の父親である役員にだけ映像を見せた。父親は青ざめて紅葉に謝罪した。 光輝はLinksの今後について改めて話合いたいと申し出て、交渉中だ。 凪はあの映像を確認したあと、佐伯を目の前にして殴りかかろうとした。 それを光輝と紅葉に止められて、代わりにみなが殴ろうとしたのを誠一が止め…一応落ち着いたと思ったところで最終的に誠一が佐伯を殴った。 冷静沈着な誠一の一発に誰もが驚きの声をあげたが、彼はLinksに家族以上の愛情をもっている熱い男だった。 「有段者の凪やリーダーの光輝が殴ったら問題だけど、普段星を眺めながらギターを弾いてる僕ならただの喧嘩で済むでしょ? さて… ということで、僕も謹慎します。 慣れないことして手も痛いし。」 「誠一くん…っ!」 紅葉が心配そうな顔を見せたが誠一は優しい顔で微笑んだ。 「大丈夫だよ。 …あー、しばらく家にいられる。」 「バカじゃん。 殴りなれてないから利き手怪我して、ギターも弾けないし、家事能力もないのに自主的に謹慎? …しょうがないからカナを貸してあげる。 手は出さないでね?」 「ありがとうー。」 誠一は笑って答え、みんなで部屋をあとにした。 新しいマネージャーが付いて、Linksの活動は続いている。(誠一は自宅謹慎中で地道に曲作りをしているらしい。) 相変わらず多忙な日々で、過密なスケジュールをこなしていく。 季節の変わり目ということもあり、紅葉は喘息が出やすくなっているようだ。 「またちょっと悪化してる気がするぞ?」 「ケホケホ…っ! 大丈夫…。お薬飲んだよ。」 「やっぱ病院行こう。 待ってろ、予約取るから…!」 「自分で出来るよ。 ありがとう。 おじいちゃんの病院に付き添う約束してて、ついでに診てもらってくるから大丈夫。 あ、凪くん!もう行かないと! 忘れ物はない?」 自分の体調が悪くても池波や凪を気遣う紅葉は笑顔で仕事に向かう彼を見送った。 数日後の夕方… この日は午後から雨が降り出して、気温も下がってきていた。 本降りになる前にと、少し早めの時間に平九郎と梅の散歩を済ませた紅葉は彼らのレインコートを脱がせて、濡れてしまった部分をタオルで優しく拭きながら、咳き込んでいた。 平九郎は苦しそうに息をする紅葉の顔を舐めて見守っている。 「あり、がと…っ!」 いつもより咳が酷くなってきて、息苦しさを覚えた紅葉は薬を飲もうとポーチを漁ったが、先日の通院では急に仕事が入って時間がなくなってしまい、薬を貰いそびれていることを思い出した。 「ハァ…っハァ…っ! ゴホっ!!」 以前バンド友達のリオから教えてもらった温かいタオルを作ろうとキッチンへ向かうが、しゃがみこんで動けなくなってしまう。 紅葉は落ち着け…と、自分に言い聞かせて、とりあえず凪に連絡をと思ったが、今日はLiT JのイベントLIVEだ。本番直前の時間…彼を連れ戻す訳にはいかない。 病院に行かないととは思うが、話せる状態ではなくなってきて、必死に握ったスマホでイトコのみなにかけるが繋がらなかった。 異変を感じた平九郎が吠え始め、梅も心配そうに歩き回っている。 先日は池波が駆け付けてくれたが、今日は強くなってきた雨音で吠える声が聞こえないらしい。 しばらくして平九郎は庭に面したリビングのガラス扉に向かい、立ち上がると何度も前足でカリカリとやって鍵を外した。 「っ!へいちゃ…っ!」 そして器用にガラス扉を開けると雨の中外に飛び出していく平九郎…! 紅葉は呼び止めようとしたが、既に遅く、なんとか梅を捕まえて外に出ないように押さえた。 門があるので道路に飛び出したりはしないだろうが、心配で、紅葉は力を振り絞って床を這うと窓の方に向かった。 すると間もなくずぶ濡れになった平九郎が池波を連れてきてくれた。 「なんと…っ!! 紅葉!大丈夫かっ?!」 スマホには何かを感じたのか双子の兄、珊瑚からの着信… そこで紅葉の意識は途切れた…

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