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第10話 (7月) (2)
入れ替わるように凪と紅葉が現れて、遅刻をわびると大急ぎで機材のセッティングを始めた。
「みなちゃんは?」
「具合悪そうだから帰した。」
「えっ?!
大丈夫かな…っ!
もしかして熱中症?」
イトコを心配してそわそわする紅葉…
「ったく! 暑いな…!
エアコンどーなってんの?
このままじゃ全員熱中症になる…っ!
…ちょっと聞いてくるから…!」
ドラムの調整で既に汗だくの凪が首からタオルをかけて受付へと向かった。
何故だか紅葉の目はキラキラして彼氏である凪を見ている。
そこへ凪と同じくらい汗だくの光輝がやってきて、ギターを肩から下ろしながら遅れたことを謝罪した。
「遅くなってごめん!
…あれ…?
凪とみなは?」
「凪くん受付だよー。
エアコンが調子悪くて…
みなちゃんも具合が悪いんだって…。」
紅葉の説明に光輝は短くため息をついた。
「はぁ…っ。
困るな…!
せっかく揃ったのに…!
またスケジュールが遅れる…!」
そんな光輝の呟きに誠一がギターを置いて近付いた。
「ちょっと…。
光輝が忙しいのも、ここで立て直さないといけないのはみんな分かってるけどさ…、もう少し彼女のことしっかり見てあげなよ。
この前のLIVEだって、あのみなちゃんが過呼吸起こしたんだよ?
ずっと心細そうにしてたのに、光輝…、後輩バンドに掛かりきりだったしさ…。」
「…仕方なかったんだよ。
野外ステージ初めてで、直前の機材トラブルだったし…!
それに体調管理も仕事のうちだから…」
「それでも…!
僕とスタッフに対応を任せて、光輝は彼女についてるべきだった。
全部自分でやらないとって思ってるんだろうけど、仕事の量も幅も広がったんだから一人で管理なんて無理だよ。少しは僕らのことも信用していろんなことを任せて欲しい…。
それに…いくら公私を分けるって言っても光輝は…ボーカリストの彼女しか見てないの?
そんなんだと大事なものを失うことになるよ?」
「っ!」
「あの…!
喧嘩は止めよ…?」
不穏な雰囲気に紅葉はそう言って間に入り、2人を落ち着かせると凪を呼びに行った。
「何揉めてんの?
とりあえず頭と身体冷やそうぜ…。
今紅葉に飲み物頼んだから…
…何だか知らねーけど、この部屋サウナみたいになってるし。おーい!暖房になってねー?」
凪は受付に向かってそう叫んだ。
微妙な空気の中、誠一のスマホが鳴った。
「はい…。
えっ?! …大丈夫っ?!
待って…、今隣にいるから代わるよ。」
そう言って光輝にスマホを差し出した。
「みなちゃんから…。
光輝のスマホ、またバッテリー切れてない?
繋がらないって…。」
「あ…っ!」
光輝が焦って自分のスマホを確認するが、やはり仕事の通話が長くてバッテリー切れらしく、申し訳なさそうに誠一のスマホを借りる。
「もしもし…?
ごめん…。
えぇっ?!入院っ?!
…なん…っ!!」
入院の叫び声に凪も驚き、光輝に視線を向けた。
続く言葉が出て来ない光輝に心配しつつ、見守る誠一。
しばらくして、固まったままの光輝が床に膝をついた。
「おい…?
大丈夫か?」
「お待たせー!
ジュース買ってきたよーっ!
……?」
凪の問い掛けも紅葉の場違いな明るい声も耳に入っていないらしい。
「た、た…大変だっ!」
一言そう叫ぶと一瞬にして立ち上がってそのままスタジオを飛び出して行く光輝…
「わわっ!!」
「危な…っ!」
ぶつかりそうになった紅葉がバランスを崩したところを凪の長い腕が支えた。
人数分のジュースを抱えた紅葉は一瞬の出来事に驚いて瞬きを繰り返した。
「光輝くんどーしたの…?
あんなに慌ててどこ行ったの?
ハッ!…もしかしてみなちゃんに何かあったのっ?!」
「誠一…、
お前何か知ってんの?」
「あー…、
凪、とりあえずみなちゃんに電話して病院どこか聞いてもらっていい?
光輝、僕のスマホそのまま持って行っちゃったからさー(苦笑)」
「えぇっ?!」
見れば荷物も大事なギターも放り出したままだ。いつも完璧な光輝にしてはあり得ない。
それ程動揺しているらしい…
「とりあえず…今日の練習は中止だな…。
エアコンぶっ壊れてるみたいだし…どっちにしろ練習になんねーよ。
光輝を追っ掛けて誠一のスマホ返してもらわねーと!(苦笑)
え、みなのいる病院に行ったのか?
…あいつ財布鞄派だよな?
…手ぶらでタクシー乗ったりしてねーよな?」
「…乗ったかもねー…。
紅葉くん、僕のスマホに電話かけてもらっていい?
光輝が出たら僕のスマホにモバイルSuica入ってるからそれで払えって言って。」
無賃乗車はマズイと誠一は苦笑した。
「分かった…っ!」
紅葉は誠一の指示に従って光輝に連絡をとり、伝言を伝えた。
電話越しでも慌てた様子の光輝に紅葉は心配そうだ。
誠一は悩んだが、どうせ分かることだからと伝えた。
「大丈夫…。
みなちゃん、悪阻で具合が悪くて入院するんだって。
赤ちゃんは順調らしいよ。」
「っ!!赤ちゃん…?」
「あいつ妊娠してんのっ?!
炎天下の野外LIVE出てんだぞっ?!
…そりゃあ過呼吸にもなるわ…(苦笑)
ってか、光輝のテンパりようがヤバいな…!(笑)」
「絶対親バカになるよねー。」
3人は光輝の置いていったギターを眺めながら笑った。
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