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第39話 (3月) (3)

どのくらい時間が経ったのだろうか… ひっく、ひっく…と辛そうな紅葉の涙を何度も指ですくい、ようやく目を合わせることが出来た。 「紅葉…。なんて話せばいいのか…! 本当に…残念だよ…。 …すぐ飛行機のチケット取るから…」 凪が自分のスマホを手にするが、紅葉はその手を止めて首を振った。 「…そつ、園式…!」 「でも…!」 「みんなと約束したから、絶対に行くって。 だから…終わってから行く…!」 そう話す紅葉はちゃんと「先生」の笑顔で、もう泣いてもいなかった。 「分かった…。 光輝にだけ連絡させて。 スケジュール調整頼むから。」 「うん…。」 「まだ早いから眠れそうならもう少し横になりな。 …その間に支度しとくから…!」 「ありがと…。」 2人は短い会話だけ交わすと、抱き締め合った。 そのまま眠った紅葉を寝かせて、凪は隣の部屋で光輝に電話を入れる。 早朝だというのに3コールで通話に出た彼に訃報を伝え、荷物を纏めた。 不幸中の幸いというか…元々、初日の東京でのLIVEを終えたら実家に帰省する予定だったのである程度衣服は纏めてあった。 手早くスーツケースに詰めて、紅葉のパスポートを出した。 そう… すごく迷ったが…スケジュール的にどう頑張っても凪はドイツへは行けない…。 光輝は凪も仕事の調整をと言ってくれているが、今回、ツアーのLIVEの合間に楽器メーカー主催のドラムレッスンの仕事が入っている。 レッスンの対象は小学生から高校生で、どの会場も満員の予約が入っているらしく、こどもたちの気持ちを考えてもこちらの都合でキャンセルは出来ない。 紅葉のパートナーとしてはついて行くべきだし、彼の祖母にはお世話になったので個人的にもお別れに行きたい。 でも公的に忌引きの認められる関係でないし、 仮に認められた関係であったとしても、翔から受け継いだLiT Jの仕事を投げ出して自分もドイツへ渡ることが正しいとは思えなかった。 代役を…とも考えられなかった。 相当な覚悟をもってLiT Jを脱退し、ドイツへ渡った翔の代役が自分なわけで… もちろん凪も相当な覚悟をもって引き受けたのだ。 まさかこんな事態になった場合のことまでは想像していなかったが…! 「紅葉に何て言おう…。 あいつ…、1人で大丈夫かな…。」 夕方からリハーサルがあるので、下手したら見送りにすら行けない。 凪は不甲斐なさと、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 紅葉を起こし、さすがに食欲はないだろうけど、せめて…と思い、温かなうどんを食べさせた。 「ごちそうさま…。」 なんとか食べ終わると、側に寄り添う平九郎と梅を抱き締める紅葉。 凪はその横にしゃがみ、紅葉の肩に触れて告げた。 「紅葉…! …ごめん… …俺は…行けない。」 「うん…。 分かった。」 紅葉は凪を見ると静かに優しい声で答えた。 凪が行けないことを、誰よりも理解している。 「ごめんな…っ!」 もう一度謝る凪に首を振る紅葉。 「平ちゃんと梅ちゃんのこと宜しくお願いします。池波のおじいちゃんも…忙しいと思うけど、時々声かけてあげて欲しい…。 …お義母さんたちにも…行けなくなってごめんなさいって…。」 「分かった。 時間ないから説明が事務的になって悪いけど… 荷物、服とかは入れた…。 急ぐだろうからスーツケースを持ち込み可のサイズにしたんだ。 足りないのは買うか珊瑚に借りて。 ユーロもあるだけ財布に入れたよ。 パスポートも。 カードもあるけど、あんま使えるとこないよな? 空港着いたら両替して。 あと…他に要るものある?」 「……これ…!」 紅葉が手にしたのは凪が着ている部屋着だ。 バタバタしていてまだ着替えていなかった。 「この服? 俺の?? 寝間着にするなら洗濯したの出そうか?」 「ううん、これがいい。」 紅葉がそう言うので、洗い物をして多少袖口が濡れたスェットを脱いでそのままスーツケースに詰めた。 ついでに着替えも済ませる。 飛行機のチケットは無事に夕方のが取れた。 卒園式のあとそのまま空港へ向かうことになった紅葉。 スーツケースもあるので車で幼稚園まで送るという凪。 しばらく会えないと2人は玄関を出る前に触れるだけのキスをし、平九郎、梅と4人でもう一度抱き締め合った。 2人が車を出そうと門を開けると、そこには光輝の車が停まっていて、中からみなが出てきた。 「みなちゃん?!」 彼女は紅葉を見ると駆け寄り、何も言わずに抱き締めた。 訃報は光輝にも口止めしたのだが、勘の鋭い彼女は朝からバタバタしている夫を問い詰めたのだろう… 「…一緒に行けなくてごめんね。」 「…僕も…。 一緒にいられなくてごめんね。」 間も無く臨月を迎える彼女はさすがにドイツへは行けない。 そして紅葉もイトコが心配で謝罪した。 と言うのも、彼女の血液型が特殊で、紅葉とは輸血が可能なので出産時の万が一のことを考えて側にいる約束をしていたのだ。 みなは「自己輸血分もあるし、大丈夫…」と答えた。 そして自分の首にかかっていたクロス(十字架)を紅葉の首にかけた。 「代わりに持って行って。」 「でも…っ!」 彼女の母親の形見だ。 母親同士が双子だったので、珊瑚も同じ物を持っている。大事な物なので紅葉は遠慮するが… 「私は光輝くんが買い漁ってきた安産のお守りがたくさんあるから大丈夫。 母たちも…お祖母ちゃんにお世話になっただろうから…一緒に見送らせてあげて。」 「分かった…! 寒いからもう車に入って。」 クロスを握り締めると彼女を車に押し込む紅葉。 「俺も行けなくてごめんね。 …仕事のことは気にしなくていいからね。」 「光輝くん…! ありがと…。 みなちゃんのこと宜しくお願いします。」 そう言って頭を下げた。 「紅葉! 何事だ?」 「あ…! おじいちゃん!」 「ごめん、じいさん。 エンジンうるさかった?」 凪が謝るが、いいからと手を振る池波氏は紅葉の顔を見て何かを察したようだ。 「…何かあったか?」 「…お祖母ちゃんが…!」 言葉にすると辛くて、認めたくなくて、紅葉はそれ以上言えなかった。 「なんと…っ!!」 池波氏には伝わったようで、家から色んな物を持ってきて持たせてくれた。 「じいさん、有難いんだけど 火付くやつ飛行機に乗せられないから…(苦笑) 線香…?は、わからないけど…止めとこう? 引っ掛かると時間かかるし、捨てることになったら紅葉も気にするから…!」 凪の説得にそうか、そうかと池波氏は引いてくれて、それでも紅葉に何かしてあげたかったのか、数珠を貸してくれて、更には香典だと言ってお金を包んでくれた。 「こんな大金…ポンと渡されても困るよ。 ってか、いつもこんなに家に置いてるの? 危ないって…!(苦笑)」 「おじいちゃん…ありがと…。 ちゃんとご飯食べて風邪ひかないでね。」 手を握ってそう伝えると凪と共に家を出た。

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