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第40話 (3月) (4)

明け方にたくさん泣いたから、卒園式ではちょっとの涙しか出なかった。 紅葉は卒園児たちを笑顔で見送ると、後片付けの手伝いが出来なくなった事をお詫びして、今月末で退職する先輩に挨拶をしてから幼稚園を後にした。 スーツケースがあるので、駅までタクシーを呼ぼうとスマホを手に門を出たところで、高級車からLinksのギタリスト、誠一が降りてきた。 「誠一くん?! どうしたの?」 「お疲れ様…! 送るから乗って。」 多くは聞かず、語らず…誠一は紅葉を乗せると走り始めた。 てっきり、最寄り駅まで乗せてくれるのかと思ったが、空港まで送ってくれると言う。 「でも…! 誠一くんも忙しいでしょ?」 ここから成田まで1時間以上かかる。 4月の頭に渡米予定の彼もLinksの仕事を前倒しでやっていたり、学業に渡米準備で多忙なはずだ。 「あー、準備はまだ何もやってないから大丈夫。凪は仕事だって言うし…じゃあ代わりにって訳じゃないけど、今日紅葉くんと会わないとすれ違いになるかもって思って。 そしたら半年くらい会えないから…! なんかそれは寂しいからさ…!」 「そっか…っ! 僕、お見送り行こうと思ってたけど…逆になっちゃったね。 えー、寂しいね…。 ドイツからアメリカ寄って帰ろうかな?」 「いやいや、日本で凪が待ってるでしょ? 遊びに来るなら2人でおいでよ。 …とりあえず空港着いたら一緒にご飯食べよう。」 着くまで寝てていいよ、という彼の言葉に甘えて目を瞑る紅葉。 車の振動が心地好くていつの間にか眠っていたようだ。 もし電車での移動だったら、荷物もあるし、周りの目や降りる駅などが気になって休めなかったかもしれない。 紅葉は誠一の気遣いに感謝した。 空港に着くと手続きや両替、スーツだったので着替えも先に済ませて2人で他愛ない話をしながら食事をした。 誠一がご馳走してくれて、予定ギリギリまで一緒にいてくれた。 「気をつけてね。」 「誠一くんも…っ! お勉強頑張って。ちゃんと準備もしてね。」 「はは…っ!」 “凪に怒られちゃうから握手だけ…”と遠慮がちに右手を差し出した誠一。 紅葉は握手のあと、親愛の意味を込めてハグをした。 「ありがとうっ。」 同性同士のバンド内恋愛は他から見たら複雑かもしれないが、凪はこんなことで怒らないと思う。 そう確信出来る信頼が凪とも、誠一ともある。 それから搭乗までの時間を静かに過ごす紅葉。 凪からはもちろん、カナやみなからも心配するLINEが入っていた。 凪の母の早苗は夕方の忙しい時間なのに電話もくれた。お悔やみと紅葉や家族を心配してくれて、付き添って行けないことへのお詫びだった。 丁寧にお礼と遊びに行けなくなったお詫びも伝えて通話を終えた。 「凪くん…っ!」 早苗と話したら、その優しい電話越しの口調が凪に似ていて会いたくなってしまった紅葉…。 「…もう行かなきゃ…! っ!」 搭乗時刻になり、席を立ったところで着信が入る。 リハーサル中のはずの凪からだった。 紅葉は急いで通話をスライドする。 「凪くん?」 「紅葉…! もう乗るとこ?」 「うん…。」 「そっか…。 1人で大丈夫…?」 「うん。 僕もみんなのお兄ちゃんだから…! 珊瑚とおじいちゃんを支えないと…っ!」 「そうだな…。 つらいし、大変だと思うけど…頑張れ。 お祖母ちゃんとちゃんとお別れして来いよ。」 「うん。 凪くんもLIVEとレッスンのイベントも頑張ってね!」 「おう。 あ、紅葉…?」 「何?」 「ちゃんと帰って来いよ。」 「え? うん、もちろん!」 「約束だぞ? みんなが落ち着くまで居ていいけど… …あんま遅いと迎えに行くからな?」 「ふふ…、分かった。 向こうから電話していい?」 「あぁ。待ってる。 じゃあ…気をつけてな。」 ほんの数分の会話だったが、“ちゃんと帰って来いよ”という凪の一言が胸に響いていた。 自分の帰る場所は故郷ドイツではなく、凪のいる日本なのだ。その気持ちをきちんと意識して、祖母の元へ行こう。 紅葉は改めて決意した。

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