43 / 212

第41話 (3月) (5)

3/30 紅葉がドイツへ渡ってもう10日。 無事に祖母の葬儀は済んだようだ。 事務的な手続きなどまだバタバタしていると言っていた。 毎日電話で話しているが、やはりずっと一緒にいるのが当たり前になっていたので、寂しさがある。 紅葉も珊瑚も弟たちの手前、気丈に過ごしているようだが、やはり元気がない。 もちろん、祖父も…。 半世紀連れ添った伴侶を亡くし、食欲もないらしく、心配だ。 電話で祖父とも少し話したが、もし自分が彼の立場だったらと思うと言葉が出なかった…。 翔とも話したが、凪が仕事で来れないことを気にしてくれていた。 LIVEの反応や仕事の話もするが、電話越しにサチが夜泣きしていて中断することも多かった。 やはりショックが大きいようだ。 凪はツアーLIVEとドラムレッスンのイベントを周りながらラジオ出演や、他のバンドのLIVEを見て情報を集めたり多忙な毎日を送っていた。 どこからか紅葉が側にいない情報を仕入れたらしいストーカー気質な女にも付きまとわれている凪。 まぁ、全く相手にしていないが…。 「ねぇー? 最近一緒にいないのね? 別れたのー? …アリサと遊ぼ?」 「………。」 もちろん、面識のない相手だ。 機嫌の悪い凪はシカトするが… 「すっごい気持ちイイことしてあげるよ?」 「………。」 会話するのも躊躇われて、ガン無視である。 紅葉がいなくて、プライベートが虚しい。 食事はスタッフやLiT Jのメンバー、地方の後輩たちと食べているが、当然飲み歩く気にはなれず… ホテルの部屋で紅葉と電話するのが唯一の楽しみだった。 落ち着くまで預かってくれると言われて、一度は愛犬たちを実家に置いて東京の自宅へ戻った凪だったが、平九郎と梅は…ただのペットではない。 こどもとも違うが、凪と紅葉の家族なのでやはり自分が見るべきだと迎えに行った。 LIVEで数日家をあける時はペットホテルに預けたり、手間もお金もかかるが、紅葉が帰ってきた時に一緒に出迎えような…と、愛犬たちに伝えた。 「ヤベー…作り過ぎた。」 紅葉がいないからと、つい手抜きになりがちな自炊も、辛い時こそ腐らず腕を磨くべきだという亡き父の教えを思い出し、キッチンへ向かった。 しかし多く作り過ぎてしまい、池波氏やみなと光輝のところへ差し入れることがほとんどだった。 「早く帰って来ないと桜も終わるぞ…?」 ツアーの合間にお花見しようと呑気な約束をしていた頃が懐かしい…。 紅葉がいないと日常の何気ない、本当に下らないやりとりも出来なくて、まるで色を失ったような日々に感じる。 「はぁ……」 ついつい溜め息も多くなっていた。 ピンポーン… と、玄関のチャイムが鳴り、一瞬まさか紅葉?と思った凪だったが、出てみると… 「えっと… 高橋くん?だっけ?」 「良かった! いらっしゃった! また突然ですみません。 紅葉くんの友人の高橋です。 少しだけお話いいですか?」 「あ、うん。 どうしたの?」 「実は…… 大学を辞めて実家に帰ることになったんです。」 「えぇっ?! どうして?」 「父が倒れて…。 もともと音楽は大学までの約束であと一年だったんですけど… うち牧場やってるから、母と祖父母だけだと大変だし、俺長男なんで…手伝うことにしました。」 「…そっか……! あ、え…? 紅葉は知ってる?」 「急だったんでまだ… しかも紅葉くんも大変だって聞いて…言えてなくて。お互い落ち着いた頃にLINEします。 …あの、これ…、紅葉くんに借りてた漫画…渡してもらえますか?」 「あ、うん。 わざわざありがとう。」 「いえ…! 大家さんに鍵返しに来たので寄らせてもらいました。 ほんと仲良くしてくれて嬉しかったって、でっかいおにぎりもありがとうって伝えて下さい。」 「…スゲー寂しがると思うよ。」 多分また泣くだろうなと凪は紅葉に伝えるタイミングに悩んだ。 「俺も寂しいです。 あ!彼氏さんのメシすっごい美味しかったです!」 「あ、今ちょうど作ってたから食ってく?それか持ってく?」 「えっ?!そんな…! 俺バスなんですー。19時だったかな? それに乗らないと…」 スマホの電子チケットで時間を確認する高橋くん。凪は画面を覗き、指摘した。 「高橋くん… それ…明日の日付になってるけど大丈夫?」 「えっ?! 今日乗車、明日到着のチケットのはず…? ……今日って31日?」 「30日。」 「ギャーっ!! 嘘ー!! どうしよう!! キャンセル料払って取り直す? でも金ないし… そもそもチケットまだあるかな? 母ちゃん明日の朝迎えに来てって言っちゃったのに。 え?チケットなかったら…? アパート退去したのに今晩どうしよ…」 慌てふためく彼に苦笑して、凪は一度家に招き入れて落ち着かせ、チケットの再手配をしてあげた。 ついでにバスの中で食べれるように簡単な弁当も持たせた。 「最後までご迷惑おかけしてすみません。 お金…必ずお返します。」 「いーよ、なんつーか…慣れてるし(笑) 大した額じゃねーし。 餞別ってことで。 …大変だろうけど、頑張ってね。」 「ありがとうございます! はい! 頑張りますっ!」 春は別れの季節だ。 舞い散る桜を眺めながら凪は空を見つめた。 「会いてぇな…。」 凪の呟きに散歩中の平九郎もワン!と応え、2人は顔を見合わせたのだった。

ともだちにシェアしよう!