43 / 226
第41話 (3月) (5)
3/30
紅葉がドイツへ渡ってもう10日。
無事に祖母の葬儀は済んだようだ。
事務的な手続きなどまだバタバタしていると言っていた。
毎日電話で話しているが、やはりずっと一緒にいるのが当たり前になっていたので、寂しさがある。
紅葉も珊瑚も弟たちの手前、気丈に過ごしているようだが、やはり元気がない。
もちろん、祖父も…。
半世紀連れ添った伴侶を亡くし、食欲もないらしく、心配だ。
電話で祖父とも少し話したが、もし自分が彼の立場だったらと思うと言葉が出なかった…。
翔とも話したが、凪が仕事で来れないことを気にしてくれていた。
LIVEの反応や仕事の話もするが、電話越しにサチが夜泣きしていて中断することも多かった。
やはりショックが大きいようだ。
凪はツアーLIVEとドラムレッスンのイベントを周りながらラジオ出演や、他のバンドのLIVEを見て情報を集めたり多忙な毎日を送っていた。
どこからか紅葉が側にいない情報を仕入れたらしいストーカー気質な女にも付きまとわれている凪。
まぁ、全く相手にしていないが…。
「ねぇー?
最近一緒にいないのね?
別れたのー?
…アリサと遊ぼ?」
「………。」
もちろん、面識のない相手だ。
機嫌の悪い凪はシカトするが…
「すっごい気持ちイイことしてあげるよ?」
「………。」
会話するのも躊躇われて、ガン無視である。
紅葉がいなくて、プライベートが虚しい。
食事はスタッフやLiT Jのメンバー、地方の後輩たちと食べているが、当然飲み歩く気にはなれず…
ホテルの部屋で紅葉と電話するのが唯一の楽しみだった。
落ち着くまで預かってくれると言われて、一度は愛犬たちを実家に置いて東京の自宅へ戻った凪だったが、平九郎と梅は…ただのペットではない。
こどもとも違うが、凪と紅葉の家族なのでやはり自分が見るべきだと迎えに行った。
LIVEで数日家をあける時はペットホテルに預けたり、手間もお金もかかるが、紅葉が帰ってきた時に一緒に出迎えような…と、愛犬たちに伝えた。
「ヤベー…作り過ぎた。」
紅葉がいないからと、つい手抜きになりがちな自炊も、辛い時こそ腐らず腕を磨くべきだという亡き父の教えを思い出し、キッチンへ向かった。
しかし多く作り過ぎてしまい、池波氏やみなと光輝のところへ差し入れることがほとんどだった。
「早く帰って来ないと桜も終わるぞ…?」
ツアーの合間にお花見しようと呑気な約束をしていた頃が懐かしい…。
紅葉がいないと日常の何気ない、本当に下らないやりとりも出来なくて、まるで色を失ったような日々に感じる。
「はぁ……」
ついつい溜め息も多くなっていた。
ピンポーン…
と、玄関のチャイムが鳴り、一瞬まさか紅葉?と思った凪だったが、出てみると…
「えっと…
高橋くん?だっけ?」
「良かった! いらっしゃった!
また突然ですみません。
紅葉くんの友人の高橋です。
少しだけお話いいですか?」
「あ、うん。
どうしたの?」
「実は……
大学を辞めて実家に帰ることになったんです。」
「えぇっ?!
どうして?」
「父が倒れて…。
もともと音楽は大学までの約束であと一年だったんですけど…
うち牧場やってるから、母と祖父母だけだと大変だし、俺長男なんで…手伝うことにしました。」
「…そっか……!
あ、え…? 紅葉は知ってる?」
「急だったんでまだ…
しかも紅葉くんも大変だって聞いて…言えてなくて。お互い落ち着いた頃にLINEします。
…あの、これ…、紅葉くんに借りてた漫画…渡してもらえますか?」
「あ、うん。
わざわざありがとう。」
「いえ…!
大家さんに鍵返しに来たので寄らせてもらいました。
ほんと仲良くしてくれて嬉しかったって、でっかいおにぎりもありがとうって伝えて下さい。」
「…スゲー寂しがると思うよ。」
多分また泣くだろうなと凪は紅葉に伝えるタイミングに悩んだ。
「俺も寂しいです。
あ!彼氏さんのメシすっごい美味しかったです!」
「あ、今ちょうど作ってたから食ってく?それか持ってく?」
「えっ?!そんな…!
俺バスなんですー。19時だったかな?
それに乗らないと…」
スマホの電子チケットで時間を確認する高橋くん。凪は画面を覗き、指摘した。
「高橋くん…
それ…明日の日付になってるけど大丈夫?」
「えっ?!
今日乗車、明日到着のチケットのはず…?
……今日って31日?」
「30日。」
「ギャーっ!!
嘘ー!! どうしよう!!
キャンセル料払って取り直す?
でも金ないし…
そもそもチケットまだあるかな?
母ちゃん明日の朝迎えに来てって言っちゃったのに。
え?チケットなかったら…?
アパート退去したのに今晩どうしよ…」
慌てふためく彼に苦笑して、凪は一度家に招き入れて落ち着かせ、チケットの再手配をしてあげた。
ついでにバスの中で食べれるように簡単な弁当も持たせた。
「最後までご迷惑おかけしてすみません。
お金…必ずお返します。」
「いーよ、なんつーか…慣れてるし(笑)
大した額じゃねーし。
餞別ってことで。
…大変だろうけど、頑張ってね。」
「ありがとうございます!
はい! 頑張りますっ!」
春は別れの季節だ。
舞い散る桜を眺めながら凪は空を見つめた。
「会いてぇな…。」
凪の呟きに散歩中の平九郎もワン!と応え、2人は顔を見合わせたのだった。
ともだちにシェアしよう!