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第44話 (3月) (8)

翌朝… 「無理しなくていいのに…(苦笑)」 どこかぎこちない歩き方の紅葉に腕を貸しながら隣を歩く凪。 「平気。 …一緒がいいんだもん。」 "ねー!"と、散歩中の平九郎と梅に話し掛ける紅葉。 もちろん、凪とも少しでも長く一緒にいたい。 祖母の死と、長期間の別居生活中はこの何気ない日常が恋しすくて堪らなかった。 「桜…散っちゃったね。 残念…!」 「…大丈夫。 東北の方行けばまだ見られる。 次の休みに行こう。」 「えっ?! 本当に?」 「一緒にお花見する約束だったじゃん? 実はもう宿押さえてる。 …こいつらも一緒。」 「…っ!! 凪くん!」 嬉しくて紅葉は思わず凪に抱き付いた。 それから… 京都へ戻る前の早苗と再び合流して、一緒にランチを食べて、みなのお見舞いへ行った。 「可愛いーっ! 小さいっ!」 「本当ねー!」 盛り上がる2人は産まれたばかりのみなの赤ちゃんを交代で抱っこしたり写真を撮っていた。 「いい匂いー! サッちゃん振りの赤ちゃんだぁー!」 「お顔も可愛いけど、髪の毛の色も綺麗ね。」 「母たちに似たのかな? 光輝くんのお母さんも生まれつき茶髪だったって言ってたし…」 「そうなのね。素敵ね。」 みなは早苗に育児の相談があったら連絡していいか聞いていた。祖母も母も亡くし、光輝の両親もいないので、頼れる人がいないのは不安なのだろう。 早苗はいつでも相談にのると約束し、身体を休めるようにアドバイスしていた。 「若いし、つい自分でなんでもやろうと動いてしまうと思うけど、ゆっくり休まないとダメよ。 後々身体に響くから。 ご飯は凪に作らせたらいいのよ。 今日光輝くんは? え? 3日寝ないで赤ちゃんの名前考えて倒れた?…しょうがないわね…(苦笑) 私で良かったらお手伝いに顔を見せるわね。」 「凪くんも抱っこするー?」 さらっと母親に命令された凪。 まぁ…料理作って持って行くのはいいのだが、抱っこは無理だと訴えた。 「無理だって…! そんな小さいの…! 壊したらどーすんだよ…!」 「壊れないよー! …抱っこに力いらないよ?(苦笑)」 凪は小動物など小さな生き物が苦手である。 嫌いではなく、可愛いとは思うのだが、すぐに死んでしまいそうなか弱さが怖いのだ。 赤ちゃんもそれに準ずるものがあると抱っこは遠慮していた。 こんなに小さな命が目の前にあって、母親(みな)に似ているその子は、紅葉にも似ている。 血の繋がりがあるので当たり前なのだが、なんとも不思議な存在だ。 撮った写真や動画に早くも夢中な様子には少し妬けるが、 でも赤ちゃんのおかげで紅葉は元気が出たようで、凪も安心した。 早苗を駅まで送り、支度をすると凪は仕事へ。 誕生日だというのに…、いや、誕生日だから?今日も都内でLIVEだ。 後で紅葉が観にきてくれるというので気合いが入る。 会場入りの時に例のストーカー気味の女が現れて誕生日プレゼントなのだろう…高級ブランドの紙袋を差し出されたが、もちろん受け取らなかった。 凪にとって紅葉から贈られた曲以上に心を揺さぶるプレゼントは存在しない。 「Ryu、あの子要注意ね。」 仕事先にかなりの確率で入待ち出待ちしているだけでなく、自宅付近もうろついてるのでいい加減にして欲しいと凪は頭を悩ませていた。 サポートをしてくれる後輩にそう伝えて楽屋へ向かった。 リハを済ませて、LiT Jのメンバーからも誕生日プレゼントをもらった。 と、言っても高価な物ではなくてネタになるような下らない雑貨とか、調味料セットなど消耗品だ。 紅葉がもうすぐ着くはずで、スマホを見ながら待っているとRyuが凪を呼びに来た。 「凪くん! ヤベー女が紅葉くんに絡んでんだけど…っ!」 「はっ? お前止めろよ!」 「それが…ファンの子たちが間に入ってくれて、凪くんに知らせろって言われて…」 「マジ? スゲー仕事出来るな…(苦笑)」 凪が出ていくと紅葉とストーカー女が対峙しているが、その間に凪のファンの数人が入ってくれていた。 「怖…っ!」 Ryuはその雰囲気に思わずそう呟いた。 「…何やってんの?」 凪の低い声が響いた。 「あ! 良かった! もうこの人、相手にすることないですよ。 早く中に入って!」 ファンの子たちが紅葉が凪の元へ行けるように通してくれた。 「大丈夫…? 何もされてない?」 凪は紅葉に怪我がないか、一番に確認した。 「うん。 大丈夫…! あの人…凪くんの知り合い?」 「違う。」 「そっか…。」 明らかにテンションが低い紅葉に凪は何かがあったのだと察知した。 「みんなありがとね…。」 一言そう伝えて紅葉を連れて戻ろうとした。 「凪くーん! アリサも連れてってよー!」 猫撫で声に苛立ちを隠せない凪。 「紅葉、先にいってて。Ryu!」 「はい。 行こ…。」 Ryuに連れられて中へ進む紅葉は心配そうに凪を見詰めていた。 「お前…迷惑なんだよ。 いい加減にしろ。 次あいつに絡んだら警察に通報するから。 分かった?」 凪は冷たい声でそう告げる。 「何でー?」 全く通じてないのかクスクスと笑う女。 「…警告したからな。 俺はそんな優しくないから。 大事な人を傷付けるやつは許さない。」 凪はそう言いきると紅葉の元へと急いだ。

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