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第56話 (7月) (2)
搬入口からユキに電話をかけてみたが繋がらなくて、多分今頃一生懸命歩きながら探しているのだろうと紅葉は辺りを見渡した。
たった5分木陰で立っているだけでも蒸し暑くて汗が出てくる。
「暑…っ!
ユキくん…熱中症とかなってないといいけど…!」
手でパタパタと仰ぎながらあとで自分の飲み物も買おうと決める紅葉。
それから間もなくキョロキョロと辺りを見渡しながら走ってくるユキを見つけた。
「ユキくん…っ!こっち!」
紅葉に気付いたユキは駆け寄り、荒い息を繰り返した。
「お疲れ様!
走ってきたの?」
「…ハァ…ハァ…ッ
こ、れ…っ!」
ユキは手にしていたコンタクトケースを紅葉に差し出すと熱いアスファルトに膝をついた。
「あ、Aoiくんのだね。
良かった!まだリハーサルだから間に合ったよ!
…大丈夫…?」
「ハァ、ハァ、ハァ…ッ
これ…あ、おいの…声?」
反響した歌声が外まで漏れている。
ユキはその声を聴くと嬉しそうにフッと笑った。
「そうだよ。
暑かったよね、一緒に中で涼もう?
あ!ポカリ飲む?
待ってね、今…!」
先ほどより短い呼吸を繰り返すユキ。
紅葉は熱中症や過呼吸が心配になり、急いでポカリの蓋を開けて渡そうとした。
ドサ…
「え…?」
鈍い音がして、視線を戻すと。
ユキが倒れていた。
渡しそびれたペットボトルが紅葉の手から転げ落ちる。
「ユキくんっ!!
えっ?! どーしたのっ?
ユキくんっ!! 大丈夫?
しっかりして!」
紅葉の叫び声を聞いて、近くにいたスタッフが視線を向ける。
熱中症で倒れたのかと思い、ユキの名前を呼びながら身体を揺さぶる紅葉。
熱い身体は汗が滲んでいたが、その身体は白く、顔色も青白い。
「ユキくん…?
……ウソ…っ?!
なんでっ?!」
震える手で呼吸を確認するが息をしていなくて、彼の胸に自分の耳をくっつけてみるが、心音すら聞こえなかった。
絶対音感を持つ自分の耳が悪くなったのだと思いたかったし、そう言われた方がマシだった。緊急事態に紅葉は泣きながら叫んだ。
「ユキくん! しっかりして!
…っ! 若菜さん…!
誰か、マツくんの奥さんを呼んできて!
早くっ! あと誰か救急車呼んでっ!」
紅葉は心臓マッサージを始める。
信じられない状況だし、怖くて堪らない、泣きたい。
…実際泣いてるし、震えているが、一番彼の側にいて状況を理解している自分が蘇生しないと彼は死んでしまう。
「ユキくん!! やだよっ!」
末の妹のために何度も習った緊急時の講習が、今本当に活かされいて、しかもその相手が友人だなんてなんの冗談なんだろう…!
「おばあちゃん…っ!
お願い! ユキくんを連れて行かないで!」
紅葉は春に亡くなった祖母に願った。
もう夢で逢うことも少なくなってきている亡き両親にも祈った。
紅葉が奮闘していると、マツの奥さんである若菜が飛んできた。
「代わります!」
救急のエキスパートである彼女はすぐに紅葉に代わって完璧な心臓マッサージを施してくれた。
何分位経ったのだろう…
無我夢中だったから分からなかったが、AEDを使う直前でユキの心臓は動き出したようだ。
若菜が全身状態を確認しながら、紅葉に状況を聞き取り、メモを取りながら電話で救急隊員へ伝えていた。
若菜の指示でユキの小さな鞄を探る紅葉…。
財布の中から出てきたのは病院の診察券とお薬手帳、そこに挟まれたヘルプマークのストラップだった。
「26才、男性、先天性の心疾患です。
服用中の薬は…先月から飲んでないかも知れないですね。はい、走ってて…いえ、頭は打ってません。
立ち止まって、膝をついてから右を下にして横に倒れました。
蘇生まで約5~6分です。」
ユキが心臓病…?
全く知らなかった事実に驚く紅葉。
言葉が出なかった。
「紅葉くん、対処してくれてありがとう。
後は任せてね。大丈夫よ。
病院着いたら連絡するからね。」
若菜は優しくそう告げて紅葉の手からユキの鞄を受け取った。
そしてすぐに看護師の顔に戻る。
「私が同乗します。
まだ容態が安定してないので、電話でうちのドクターから指示もらいます。
…じゃあ行くね。」
「あぁ、頼む。」
いつの間にかマツが来ていて若菜に声をかけて見送っていた。
「紅葉…っ!」
凪も駆け付けてくれて紅葉を抱き締める。
「ユ、キくんが…!」
「…よくやったな。
とりあえず中に行こう…。」
今頃ガタガタと震えが来て、凪に支えてもらいながら楽屋へ向かう。
無意識に握りしめていたコンタクトケースに気付いて、青冷めたAoiに差し出した。
「これ…!」
「っ!!」
「病気のこと知ってたのか?」
凪の問い掛けにAoiは声を荒げた。
「まさか! 知らねーよ…!
何だよ、心停止?!」
かなり動揺した様子のAoiはユキとずっと一緒にいたが、病気のことは知らなかったらしい。
ユキの安否を心配するメンバーとスタッフ…
リハーサルの途中なのだが、皆ショックが大きく、特にAoiはあれほど必要性を訴えていたコンタクトは届いたが、とてもステージに立てる状況ではない。
しばらく黙り込んだままのメンバーたち…
マツはメンバーと紅葉だけを楽屋に残し、扉を閉めた。
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