60 / 226

第58話 (7月) (4)

「若菜からなら…」 マツがスマホを見ながら切り出し、みんな耳を傾けた。 「ユキくん、容態安定してないみたいで、ICUに入院になったって…。」 「意識戻ってないのかな…?」 紅葉は心配そうに呟いた。 「多分……。詳しく分からないけど…。 Aoiは面会時間過ぎても聞く耳持たずにずっと張り付いてるみたい…。若菜が今夜だけ許可取ったって…。」 「そっか……。」 「僕も病院に行く…っ!」 紅葉に続いてサスケたちも手を挙げるが、凪は冷静に「今から行っても病院の迷惑になるから明日にしよう」と告げた。 今はただユキの回復を祈ることしか出来ない。 「みんなお疲れ様。 ツアーのこと含めて今後のこと…いろいろ想定して話さなきゃいけないけど、明日以降にしよう。今日はもう…みんなでユキくんの無事を願おう。 社長、それでいいですよね?」 マツの言葉に責任者である光輝も頷いた。 今日の後始末はまだ残っているが、光輝が担うことになり、メンバーは帰宅することに。 帰宅後… 平九郎と梅を抱き締める紅葉。 急なスケジュール変更や火事など、万が一を考えて合鍵を預けている池波氏に頼み、夕方餌だけはあげてもらった。 「ごめんね、遅くなって…! ご飯、おじいちゃんにもらった? …そっか…! イイコにしててくれてありがとう。」 たくさん褒めてたくさん撫でた。 温かな彼等の温もりに紅葉は少しだけ泣いた。 「紅葉……。 俺散歩行くから、先に風呂入って休みな?」 心身共に疲れただろう紅葉を気遣って凪はそう言ったが、紅葉は1人でいるのはツラいと答え、凪は頷いた。 結局2人で手を繋ぎながら散歩に出た。 何も考えずに隣を歩く…そんな時間が必要だった。 いつもより言葉少なく、ゆっくり歩く彼等に愛犬たちは時々後ろを振り返りながら寄り添うように歩いてくれた。 その日は手早くシャワーを浴びて、抱き締め合って眠りについた。 翌日… 病院へ到着した凪と紅葉 他のメンバーも行きたがっていたが、ユキの容態が分からないし、あまり大勢でも…と2人が代表してやってきたのだ。 廊下に沿って並べられたソファーにAoiは座っていた。 凪はゆっくり歩み寄って声をかける。 「…よぉ。 …意識戻った?」 「………。」 Aoiは首を振った。 「そっか…。 ちょっとツラ貸せよ。」 「でも……!」 ユキのことが気がかりなのだろう、Aoiは躊躇っていた。 「紅葉、何か分かったらすぐ連絡して。」 「分かった。」 「…これでいーだろ? 行くぞ。」 凪は覇気のないAoiを連れて、病院の中庭を眺められるフリースペースへやってきた。 アイスコーヒーを2缶買って、Aoiに1本差し出す。それからミネラルウォーターと保冷バッグの中から弁当を取り出した。 「この時期だから冷やしてきたけど、冷めても旨いはずだから。」 「スゲー…手作り? …でもごめん、食欲ない…。」 「…1口でいいから食え。」 凪に促されてプラスチックのスプーンを手にするAoi… 濃いめの味付けで作られたチャーシュー丼は冷たくてもとても美味しくて、1口食べると空腹を思い出した身体は次を欲した。 そのまま黙々と食べ続けるAoiを横目に見守る凪。 食べ終わる頃、再び話し掛けた。 「少しはまともなツラになったじゃん? 人間、食べないとロクなこと考えなくなるって親父がよく言ってた。 何でもいいからちゃんと食え。」 「……。 俺さ、本当に知らなくて。 心臓病のこと調べたら、味の濃い物とかしょっぱいのはダメとか、水分とりすぎちゃいけないとか…規則正しい生活をするとか、薬はちゃんと飲むとか…気をつけることたくさんあった。 あいつ…今までコンビニ弁当とかカップ麺食ったことないって言うからそんなやついるのか、どこの金持ちだよって思ったけど…違ってた。 食べれないんだったんだな…。 酒も…! 俺何も考えずに隣で飲み食いしてたし、面倒だとコンビニ弁当与えたりしてた…! 薬も…サプリのケースに入れ替えてたみたいなんだよ…!よくSEXの前に飲んでたから…合法ドラッグかと思って…! 怪しいやつなら飲むなって、お前のせいで俺まで疑われたらどーすんだって、バンド出来なくなるって怒鳴って…っ! だから飲むの止めたんだ…、きっと…! 全部俺のせいだ。」 「……いつかこうなるかもって分かってて、それでもお前といることを選んだのはユキだろ? 病気のこと話さなかったのは…気遣わせたくなかったんだよ。多分…」 「なんで何も気付けなかったんだ、俺…っ! 自分のことしか考えてなかった。…ホント…最低だ…。」 「…そうだな。」 凪は敢えて同意した。 「だから大事にしろって言ったよな、俺。 お前さ、好きな子前にすると小学生みたいなんだよ。意地悪言ってみたり、見栄張って、自分のワガママ通して、…時々甘いこと言って気をもたせる。相手を思いやるより自分に甘い方が強いからだ。」 「……。」 「…分かっただろ? 本当に大事な物が出来ると、自分の弱さが見えてくる。」 凪の言葉に項垂れたまま頷くAoi 「…あいつを失ったら俺、歌えないよ。 どうしたら…っ!」 「必死に足掻いて強くなれよ。 大事なモノ、護れ。…男だろ?」

ともだちにシェアしよう!