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第60話 (7月) (6)
LiT J夏ツアー
大阪公演当日
「はよー……
…え、…何、あれ…」
会場入りした凪は楽屋の端で壁を見つめながら体育座りで床に座り込んでいるAoiを見つけた。
「どーしたの?」
「なんかめっちゃ落ちてるけど…」
サスケとゆーじも異変を感じてそわそわしている。
「髪色と真逆だな…。」
Aoiの髪はハニーブラウンから白髪に近いくらいまで脱色されていた。
ツアーの途中(Aoiにとっては今日が実質上の初日になるが…)から髪色を変えるのは珍しく、社長の光輝が何て言うか案ずるメンバーたち。
そこへリーダーのマツがこそっと耳打ちした。
「なんていうか……どうやらフラれたらしーよ?」
「…へぇ…。」
だろうな、と凪は納得した。
今までのAoiのユキに対する発言や行動を見てたらフラれて当然だ。
でも、このタイミングなのはそれがユキのAoiへの愛なのだと皆分かっていた。
もちろんAoiも…。
肝心な時に彼を支えられない自分自身の不甲斐なさに落ち込んでいるのだろう…。
突然の心停止から病院へ運ばれ、2日後に目を覚ましたユキ。
よくあるドラマのように記憶喪失なんてことはなく、はっきりとAoiのことも今までのことも覚えていたが、病気のことでこれ以上の迷惑をかけたくないと身を引く形で別れを告げたらしい。
3日と開けずにお見舞いに顔を出している紅葉の情報ではLiT Jの曲を聞いていたり、MVを見たりしているようなので多分ユキもまだAoiを想っているのだろう…。
「俺はフラれてねー!
まだ諦めてねーしっ!」
「あー、うん、そうだね。
もう一回告白だな。
ってか、お前ちゃんと好きだとか付き合ってって言ったことあんの?」
「当たり前っ!
…いや、待って?
……ないかもしんない。」
「…坊主にして出直せよ。」
「Aoiサイテー!」
メンバーたちから顰蹙をかっていた。
そこへまたもや紅葉が差し入れを持って顔を出した。
「…こんにちはー!
あ!Aoiくん!髪の毛、ミルクちゃんと同じ色にしたんだねー!」
今日は先日来日したばかりの弟たち、フィンとアッシュも連れている。
京都を見たいという祖父とアビーのリクエストで凪の実家に遊びに来ているのだ。
一気に賑やかになる楽屋と対照的に無言を貫くAoi…。
「……。」
「それでユキくんの気引こうって…?」
「…マジで? お前…ヤベー奴だな…(苦笑)」
「ち、ちげーしっ!」
サスケとゆーじに背を向けてフンっと鼻を鳴らし、楽屋を出るAoi…
「「ほんとに子供だな…!」」
思わずマツと凪の声が揃った。
「リハ見たら遅くなんないうちに帰れよ?」
「「はーい!」」
凪の言葉に素直な返事をしたフィンとアッシュはリハーサルを見学し、スゴいスゴい!かっこいい!と盛り上がっていた。
ギターにも夢中でサスケがいろいろ教えて面倒見ている。
紅葉は凪にLIVE頑張ってね!と言うと、ユキへのお見舞いを何か買いたいと2人を連れて帰って行った。
その日のLIVEのMCでAoiは初日を休んだことを直接ファンに謝罪した。
「心配かけてごめんね!
いろいろあったけど、俺、これからは仕事に生きる男になるからっ!
……いや、失恋じゃねーよ?(苦笑)
残りのツアーも全力で頑張ります!
みんなついてこいよー!」
なんとか無事に終わったのだった。
Aoiは打ち上げに顔を出すことはあっても、夜の誘いには一切乗らなかった。
大事な人を自覚したら、他は興味が沸かなくなり、いつもユキを想って歌を歌った。
そして夏ツアーが終わる頃…
ユキは退院した。
一時的な帰宅で、すぐにまた入院、検査、手術の予定だが…本人は手術を受けたくないと言っているらしく、彼の母親から葵のもとに説得のお願いの連絡がきた。
ユキから私物は実家に送って欲しいと言われていたが、葵はそのまま自分の部屋に置いている。
改めて見てもユキの私物はごく僅かだった…。
この部屋を去る時を思って物を増やさないようにしていたとしたら…と思うと、とても切なかった。
「葵…?」
「退院おめでとう。」
葵は病院の玄関口でユキを出迎えた。
「ありがと…。
…どーしたの?」
「どーしたのって…迎えに来たんだよ。
帰ろ、ユキ…。」
「……でも…!」
「俺さ、車買ったんだぜー。新車!
見たいだろ?」
「葵…、僕は…!」
「…ミルクも待ってる。」
「…っ!」
愛猫をダシに使うのは反則だと思ったが、葵はそのままユキの手を引いた。
荷物も持ち、駐車場へと並んで歩く。
思えばいつもユキは葵の少し後ろを歩いていた。
2人は手を繋ぐことも、こうして隣を歩くことも初めてだった。
葵はユキのペースに合わせてゆっくりと歩いた。
身勝手な自分にそんな小さな気遣いが出来るなんて、葵自身も知らなかった。
好きな人を前にしたら、どんな努力でも出来るようになるのだと感じた。
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