70 / 226

第68話 (9月) (2)

Linksの地下活動は地道に稼働し始めた。 誠一と紅葉は学業、みなは子育てが優先だし、凪はLiT Jの活動、光輝は社長業と若手バンドのプロデュース業もあるのでメンバーが揃う時間は貴重だ。 皆、個人の事情と時間が限られていることを理解し効率的に作業を進めているが、創っているものが“音楽”なので時には時間をかけて丁寧に築き上げていく…。 紅葉はみなのボイストレーニングを受けている間、娘の愛樹の子守りをする機会が増えて、最近はその愛らしさにメロメロである。 寝返りしたり、手をしゃぶったり、笑顔を見せてくれたり…何をしても可愛いのだ。 加えて凪の後輩のRyuにも赤ちゃん(こちらも女の子)が産まれ、お祝いがてら会いに行ってから可愛いが止まらない紅葉。 夏休みに遊びに来ていたドイツの家族が帰国してしまって寂しい反動もある…。 基本的にはその感情は凪や愛犬たちに向いていたのだが、妹や弟たちの面倒を見たり、甘やかしたり…自分が頼られる存在でありたいという気持ちは満たされずに愛樹に向いているのだ。 「それでねっ! あんちゃん(愛樹のこと)にヴァイオリン聴かせたらニコニコしてくれて…」 「はいはい…。 ほんと、最近紅葉はますます愛樹に夢中だな?」 「だって可愛くて…!」 凪も容認していたが、少々度が過ぎるのでは?と苦言することもあった。 「みなと仲がいいのは分かってるし、必要なら手伝いに行くのもいいよ? でも愛樹は光輝とみなの娘なんだから…2人の考えもあるじゃん? 声がかかる前にお前が出ていってばかりなのはどーなの? それが当たり前になるような状態は避けた方がいいんじゃねーの? Ryuのとこもまた行きたいって言うけど、向こうはまだ産まれたばっかだろ? 遊びに行けば向こうは気遣うんだからまだ遠慮しとけ。 嫁さんの両親もいるんだし、大丈夫だよ。 紅葉だってそろそろコンクールの練習に集中しないといけないんじゃねーの?」 「…うん。 そうだね…。 分かった。いろいろでしゃばらないように気をつける! でも…えっと、凪くん…ヤキモチ?」 可愛いなと思って発言した紅葉の一言に凪の眉間がピクっと動くのが分かった。 「…真面目に話してんだけど? お前がそう言うならこの話は終わりな。」 「あ…っ!」 待って、と思ったが凪はそのままジムへ行ってしまった。 さすがに自分が悪いと紅葉は反省して、真面目にヴァイオリンの練習に打ち込む。 課題曲は難しくて集中力がいる。 しかし、凪のことも気になるし、愛樹のことも気になる紅葉は…なかなか切り替えが上手くいかなかった。 「凪くんとの温泉旅行がかかってるから頑張らないといけないのに…。」 成績が良かったら近場の温泉に連れて行ってもらえる約束で、それを糧に頑張っているのだ。 しかし1つ躓くと全てが空回り状態になり焦る紅葉。 それに…最近少し凪がピリピリしている気がするのだ。 自宅でリズム練習をしていても、Linksの新曲の構成を考えていても、ドラムの音に苛立ちが見え隠れする時もあり、心配する紅葉。 LiT Jの活動が忙しい上にLinksの活動もああるのだから疲れてるのかもしれない。 家ではゆっくりして欲しいのだが、調べものをしていたり、後輩の面倒を見たり、どこかへ出掛けて行ったり…なんだか慌ただしくしている。 紅葉は凪の心が疲れたり、身体も無理をして倒れたりしないか、とても心配だった。 「ふぅーん…。 まぁ、凪も普通の人間なんだからさ、そんな時もあるよ。」 イトコのみなに相談してみたが、あまり深く考えるなと言われる。 「こっちは大丈夫だからさ。 紅葉は凪との生活を優先しなよ。 私たちは一緒に育ったから違和感ないのかもだけど、やっぱり凪は家庭って括りを大事にしたいんじゃない? ほら、割りと古風なとこあるし。 凪、確かに忙しいし、家でリラックス出来るように家事やっておくとか、ちょっといいお酒買っておくとか、紅葉の負担にならない程度のことからやってみたら?」 「分かった…。 …やってみる。 とりあえずコンクールまではそれで様子見てみるね。 あんちゃん、しばらく来れないかもだけど、僕のこと忘れないでね!」 「明日もスタジオ練習の時会えるでしょ?(笑)」 紅葉は愛樹を抱き締めてイトコの家を後にした。 それから… 凪と紅葉はLinksのスタジオ練習やミーティング以外だと割りとすれ違いの多い生活になっていた。 凪はLiT Jのレコーディングも始まり更に多忙に…。 紅葉もコンクールの練習が大詰めで余裕がなくなっていった…。

ともだちにシェアしよう!