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第74話 (9月) (8)
「食べれそう?」
「うん!すごく美味しい。
あの病院、ご飯あんまり美味しくなかったんだ…!」
退院すると凪の作ってくれた茶碗蒸しを頬張る紅葉。
「スゲー心配したよ。」
この数日で凪の方がやつれたかもしれない。
彼の中では倒れた恋人にすぐに面会出来なかったことがトラウマになっていた。
「ごめんね。
なんか緊張しちゃって…!
らしくないよね。」
小さな時からステージに立っていた紅葉には珍しい。
「…ゆっくりしよ。
そういう時期なんだよ。」
凪は自分との悩みも紅葉を追い詰めてしまったのではないかと気に病んでいた。
その後…
コンクールの結果は予選落ちだったのに、凪は以前紅葉が行きたいと言っていた温泉旅行に連れてきてくれた。
「なんで?
いいの…?」
「頑張ったからご褒美。
温泉の効能効果知ってる?
疲労回復…!
ぴったしじゃね?」
まずは心身共に健康になるのが最優先だと凪は告げた。
「ありがとう、凪くん!」
露天風呂付きの豪華な客室に、浴衣、美味しい食事…
紅葉はとても喜んだ。(特に凪の浴衣姿に)
紅葉は大好きな温泉に何度も入った。
バックハグではなく、向かい合って凪に抱っこしてもらって、恥ずかしかったけど、2人で夜空を眺めて入る温泉は最高に幸せだった。
…でも、この夜も最後までは出来なかった。
怖さはもうないはずなのに、いざとなったら勝手に身体が震えるのだ。
凪は優しいし、部屋も寒くないのに…。
紅葉は思い通りにならないポンコツな己の身体がイヤになっていた。
でも凪が大丈夫だと何度も言ってくれて、綺麗だとも言ってくれて、嬉しかった。
「もう10月になっちゃう…!」
解決しないまま、月日だけがどんどん流れていく。
「それは紅葉くんが凪くんのことを大好きだからこそなんじゃないかな?」
「えっと…」
恥を忍んで電話で相談したのは親友のユキ。
頭の良い彼は時折不思議なことを、そしてごく稀に小難しい事を話す。
確かにユキの言う通り凪のことは大好きだ。だからこそ何故最後まで出来ないことに繋がるのか真意が分からず紅葉が困惑していると…
「僕も他の人としようとしたけど、出来なかったって話したでしょ?
その時、葵のことが好きだからだって心から思えたんだ。
紅葉くんも、状況は違うけどそれだけ今回のことがショックだったってことだよ。
そこは自分でも認めて、あとは2人で消化していけばきっと大丈夫だよ。」
「そっか…。
大丈夫かな…?
いつかまたちゃんと出来るかな?」
「大丈夫。
2人は本当に素敵な…僕にとっても理想のカップルだよ。」
「ありがとう…。」
ユキに相談して良かった。
心がホッコリした紅葉は穏やかに微笑むことが出来た。
解決の糸口…と言えるかは分からないが、凪が背後にいても怖くなくなった。
きっかけはLinksのスタジオ練習だった。
紅葉の体調も良くなり、新曲のゲネプロに入ったLinks。
メンバーで練習している時、当たり前なのだがドラムの凪が自分の後ろにいることに気付きホッとしたのだ。
自宅の防音部屋で2人で練習している時は向かい合っているのが常だったので、その事に何故気付かなかったのかと、紅葉もなんだか不思議な感覚だった。
「そっか…。
なんだ。大丈夫じゃん。」
むしろ凪が後ろにいなくてどうする!と当たり前が見えなくなっていた自分自身に驚いた紅葉。
「ん…?」
その日を境にバックハグで湯船にも入れるようになり、凪もまた驚いていた。
ただ、凪は背後位(バック)は二度とやらない覚悟をしている。
それだけのトラウマを恋人に与えてしまった罪悪感はこの先もずっと消えないだろう…。
触れ合いもなるべく自粛していて、紅葉の心身の回復を優先していた。
紅葉がこの腕の中にいてくれればそれだけで良かった。
「紅葉…
もうすぐ誕生日だな?」
「あ…、そうだね。」
まだ日差しの強い日もあるが、朝晩はすごしやすくなり、季節は秋へと移り変わってきている。
「プレゼント、何か欲しい物ある?
って今年から聞いてもいい?」
「いいよ?
んー…
アップルパイ!
また作って欲しい…!」
「いいよ。
あとは?
ケーキもいる?」
「ううん。
あとは…特にないかな。」
あまりにも欲のない恋人に驚く凪。
「えっ?! マジで?(苦笑)
困ったな。
俺が決めていいの?」
行きたい場所を訊ねられたが、旅行は先日行ったし、レストランも。
「普通に…凪くんと居られればいいよ。
あ、天気が良ければ平ちゃんたちと公園行って遊びたいかな。」
紅葉は何でもない日常をリクエストしてきた。
凪は「分かった」と答えて紅葉にお休みのキスをした。
End
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