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第87話 (10月) (3)

思わずハグしてしまったが、和んでいる場合じゃなかったと、そっと身体を離す紅葉。 「あ、えっと…凪くんの話は…?」 「あー…うん。 俺もちょっと建設的な話したくて…。」 「ケンセツテキ…? ごめん、ちょっとググるね!」 咄嗟に日本語の意味が分からなかったようで、紅葉はスマホを取り出した。 「あ、別にいいって(苦笑) 全然話変わるんだけど、 ……あのさ、パートナーシップ制度って分かる?」 「え? う、うん。 一応…? 日本で認められてる同性カップルのための制度だよね?」 「そう……都内だと区ごとに制度があるとこはあって、内容もマチマチ…ってか、全然…アホみたいに効力ないんだけどさ。」 「え?」 なんだかちょっと怒ってる雰囲気の凪に話の糸口も見えずに戸惑う紅葉。 「あ、ごめん。 紅葉に怒ってるわけじゃなくて…この国にムカついてるだけ。」 「あ、うん。 それで…えっと? その制度が…ムカつくから? …え、まさか政治家になるとか?」 「ならない…(苦笑) どんな転職だよ!」 紅葉のトンチンカンな発想に思わず笑い出す凪。 ただでさえ料理人からミュージシャンという異色の経歴だし、今の仕事が天職だから政治家はないと告げた。 「だよね!(笑)」 「話ズレたな…。 えっと…、本当、他の国のパートナーシップ制度とは違うんだけどさ。 公正証書って契約書みたいなやつ作ってお互いの財産のこととか病気…入院した時とか、亡くなった時のこととか…法的に決められる部分もあるんだよ。 そういうの…紅葉的にはどう思う…?」 「どう……?? えっと、ごめんね、ちょっと難しくて…! でもそういう制度があることで同性カップルの選択肢は広がると思うし、個人の意志が救われることもあるってことだよね?」 「そうなんだよな…。 妥協案には代わりないんだけど…! ……で、何が言いたいかって… 来年度から俺たちが住む地域でも導入されることが決まっててさ。」 「へぇー、そうなんだ! 知らなかった! 凪くんは知ってたの?」 「あぁ。 ってか、ものすごい調べましたからね。」 「? そっか、だから忙しかったの?」 「まぁ、そう…そんな感じ。 あー、ごめん。結局スゲーグダグダになってきた。ヤバイ…、俺何言ってんだろ…!(苦笑)」 頭を抱える凪に紅葉は心配そうに「大丈夫?」と声をかけて手を伸ばした。 肩に置かれたその優しい手を取る凪。 そして紅葉の目を見ると凪は一呼吸置いて決心した。 「凪くん? ……? えっ?!」 紅葉が驚いたのは、夕方の雨で濡れた地面にも関わらず凪が目の前で片膝を着いたからだ。 繋がれた右手から伝わる彼の緊張… 「紅葉、 …今この国で…結婚って形は取れないけど… 俺の生涯の伴侶になって下さい。」 驚きのあまり固まっている紅葉… 必死で状況を理解しようとしているが、心臓がすごい速さでドキドキしていて、瞬きも呼吸すらもちゃんと出来ているのか分からない。 結婚? 伴侶…? 紅葉は分かるはずの日本語の意味が正しいのかを疑っていた。 そうしているうちにまた雨が降り出してきたが、構わず凪は続けた。 「前にも結婚しようって言ったことあったし…もちろんそれも冗談とかじゃなかったけどさ…。 でも、紅葉と4年…バンドメンバーとしても恋人としても付き合って、同棲もして…このまま恋人同士でいるだけじゃなくて、もっとちゃんとしたいなって思ったんだ。 お互いが納得出来る形を整えて、俺たちなりの“結婚”にしよう。」 「……ッ!!」 紅葉はまだ動けないまま、ポロポロと涙を流していた。 「紅葉…… あの…返事は? とりあえず…あの……雨がヤバイことになってきてるからさ…(苦笑)」 保留でもいいけど…と少し気弱な凪は珍しい。 プロポーズの返事も気になるのだが、雨が本降りになり、風も出てきたようでこのままでは紅葉が風邪をひいてしまうと凪は焦っていた。 涙と雨でぐちゃぐちゃになった顔の紅葉は、僅かに凪の手をギュッと握った。 「…YESってことでいい?」 コクコクと頷く紅葉を凪は優しく抱き締めた。 紅葉も凪の胸に顔を埋めながら背中に腕を回し、2人はゆっくりとキスを交わした。 感動的なシーンだが…雨が更に酷くなり、豪雨となってきていた。 「とりあえず車行こうか…(苦笑)」 凪は紅葉を抱き締めていた腕をそっと離すとあまりの豪雨に退散を決めたようだ。 「あ…! 傘…!」 紅葉が鞄から取り出した折り畳み傘は強風に煽られて一瞬でゴミに変わった…。 「危な…! それ持つから貸して。 行こ…!」 2人で雨の中の神社を駆け抜けた。 走りながら紅葉は今起きたことを整理しようとしたが、全然出来なかった。 とりあえず車内に置いていたタオルで濡れた身体を拭く2人…。 「犬用だけど洗ってあるしいいよな? 紅葉、寒くない? 今暖房入れるから…。」 「うん…、大丈夫…。 あ、凪くん髪…!」 濡れて水が滴る凪の髪をタオルで拭く紅葉。 凪はそのまま紅葉の手を取りもう一度口付けた。 「ありがとう。 プロポーズ、受けてくれて…」 あ、やっぱりプロポーズだったのだと何故かようやく理解した紅葉。 「…夢じゃないよね…?」 頬っぺたをつねった紅葉は思わず凪に聞いた。 「ちゃんと現実だって…。 今日に拘ったせいでグダグダだし、天気最悪だし、ごめん…。」 「ううん…!」 まだ驚きの余韻で口数の少ない紅葉。 ちゃんとした返事をしないととは思っているが、タイミングを逃してしまった。 「しかし…スゲー雨だな。 4年前も雨だったけど、こんなに降ってたっけ?(苦笑)」 「……凪くん…、台風だって。」 スマホを拭いて、ニュースをチェックした紅葉は凪に台風情報を見せた。 「マジか…(苦笑) とりあえずゆっくり、安全運転で帰ろうか…。」 「うん…。」

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