81 / 226

第89話 (11月) (1)

バリ、バリバリっ! ガシャンっ! ドッカーン! ガガガガ…!! 「さすがにこれは寝れねーな……」 取り壊し工事の音が予想よりも大きくて、明け方寝入ったばかりの凪は目を覚ました。 工事が行われているのは隣の池波邸で、古くなった自宅を平屋へ建て直すことになったのだ。 「長年暮らした自分の家が壊されるとこなど見たくないからな、ちょっと船にでも乗ってくることにしたよ。 なに、自分へのご褒美というか、まぁ…税金対策でもあるな。」 ガハハ…と豪快に笑う池波氏。 そんな贅沢が出来るのはお金持ち(地主)だからこそだ。 工事中は迷惑をかけると事前に言われていたが、大きな音には慣れてるし、そんなに長い期間でもないから気にしないでと答えたのだが… 昼夜逆転の生活をしている凪には睡眠時間と工事の時間がカブってしまい、寝不足に…… このままでは仕事に影響すると苦渋の決断で防音部屋で寝ることにした。 適当に布団を持ち一階へ降りて行くと、愛犬の梅がダイニングテーブルの下で震えていた。 どうやら工事の騒音と震動が怖いようだ。 平九郎はそんな梅が心配でクークー鳴いて歩き回っている。 「梅…! 大丈夫か? …ごめん、寝てて気付かなかった…! そっか…。 お前雷とかもキライだもんな…。 ん? 大丈夫。怒ってないよ。」 よほど怖かったのだろう、お漏らしをしてしまった梅は不安そうな瞳で凪を見上げた。 優しく撫でて落ち着かせ、梅の身体が汚れていないことを確認すると、大きな愛犬を抱えてとりあえず防音部屋へ運んだ。 しかし震動は伝わるし、犬の聴覚や嗅覚は人間より鋭い…。 音だけでなく重機や埃の匂いも気になるのかもしれない。 「困ったね…。 とりあえずみなのとこに行く? 多分向こうまでは聞こえないよな?」 凪は愛犬たちのために一時的に避難することにした。 「だーぁっ!」 「いて…!(苦笑)」 ペチっ!と、小さな手で凪の頬を叩いたのは7ヶ月になった愛樹だった。 お昼寝の寝かし付けを任された凪はすっかり寝入ってしまったようだ。 「ふぁ…っ! 起きたの? もうちょい優しく起こしてよ。 あー…やべ、寝過ぎた…(苦笑)」 快く凪たちを受け入れてくれたみなは熱心にピアノを弾いていた。 平九郎と梅も安心してお昼寝をしていたようだ。 凪と愛樹の姿を見付けると起きてきて、尻尾を振った。 「お前たちも眠れたみたいだな。」 「…おはよ。 みんなよく寝てたね。」 「おー…。おかげさまでスッキリした。 悪いね。」 「全然! 愛樹見てて貰えるから安心して集中出来たし。 あー、集中し過ぎてこんな時間だ(苦笑) 光輝くん遅くなるから…私が買い物行かなきゃだったんだよね。」 「晩飯? 今からだとバタバタするだろ? もうすぐ紅葉も帰ってくるし… どっか食いに行く? で、帰りに買い物したら?」 お礼にご馳走すると凪は申し出ると彼女は微笑んだ。 赤ちゃん連れの外食は何かと気を遣うらしい。 結局、馴染みのドイツ料理店に決めて、店で紅葉と待ち合わせた。 「この前レストラン入ったら赤ちゃんは…って断られて…。」 「そうなの? そんなこともあるの?」 「あるんだよな…。」 不思議がる紅葉と、調理師として高級料理店で働いていた凪は苦笑しながら頷いた。 店主と奥さんはニコニコしている愛樹に夢中である。 「みなちゃん、そんなの気にしないのよ! うちは大歓迎! ねぇ、あなた?」 「もちろん! こんなカワイイお客様なら毎日来て欲しいね。 ママさん、レディはスープを食べるかい?」 「ありがとうございます。」 「あなた! お塩は少なめ、薄味にしてね!」 「マスター! そろそろ厨房に戻ってきて下さーい!」 見習いのシェフが店主を呼んでいるが、あと5分だけ!いいよね!とウィンクしていた。 結局、愛樹を離さない奥さんの代わりに凪と紅葉がお客さんのテーブルに料理を運んだり、先に食事を終えた常連さんが抱っこしてるからゆっくり食べなさいと言ってくれたり、和やかに食事をすることが出来た。 帰宅後は紅葉が愛樹の入浴を手伝い、その間凪はみなに頼まれた買い出しへ行った。 「ありがとう、すごく助かった。 ご飯も美味しかったし、ごちそうさま。 平九郎、梅、また明日おいでね。」 「こっちも助かった。」 「おやすみー!」 夜、今日の工事も終わり静かな自宅へと戻った。 紅葉は最近、秋の演奏会や学内の発表会で忙しいらしく、いつもなら食後のまったりタイムなのだが、防音部屋でヴァイオリンの練習をしている。 音楽に集中している時の紅葉は心身共にすごくエネルギーを使う。 ご飯もたくさん食べるし、寝るのもあっという間…! 食後の休憩中に寝ちゃっていることもあるし、 凪が下心を持って紅葉と同じタイミングでベッドに入っても、おやすみのキスのあと数秒で爆睡。 多少のイタズラでも工事の騒音が響いても構わず寝ているのだからスゴい。 ベッドがダメならお風呂で…と恋人に手を伸ばそうとする凪だが、紅葉は何やら考え事をしていたり、眠ってしまっていてそれどころではなくなったり……! タイミングを伺うのが難しいな、と思う凪だが、大事な時期の紅葉の邪魔はしたくなかった。 コンクール前もだいたいこんな感じなので、いつも以上に注意力が疎かになる日常生活を支えるのが凪の役目だ。 「紅葉! 財布忘れてる!」 「あ…。 本当だ…! ありがとう。」 「スマホは?持った?」 「あれ…? どこやったっけ?」 弁当しか持っていない恋人に苦笑する凪。 平九郎がスマホを咥えて持ってきてくれる。 「ありがとう、平ちゃん! 梅ちゃんも行ってくるねー!」 愛犬たちを撫でる紅葉に凪は直球で聞いた。 「…いつならいい?」 「?」 「…キス以上のコト。」 「っ!! えっと、あの…! あ、う…うーんと…!」 「ごめん、朝から困らせてる?(苦笑) 紅葉忙しそうだからさ。」 「ううん! …余裕がなくて甘えてばっかりでごめんね。 えっと……、明後日、特別課題があってそれが終わったら…で、いい?」 「いーよ。 特別課題? 頑張ってね。 行ってらっしゃい。」 「行ってきます…っ!!」

ともだちにシェアしよう!