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第116話 (5月) (2)

パートナーシップの誓約と結婚式から約1ヶ月… 何か変わったことがあるかと問われると、凪と紅葉本人がというよりかは周りの反応は多少なりとも変化があった。 予想していたよりもおめでとうと声をかけてくれる人達が多くて、ほんの少し照れくさいがありがとうを返せることの喜びの方が勝っている。 中には興味本位なのだろう…下世話な質問を投げ掛けてくる輩もいるが、なるべく受け流すようにして、あまりしつこいようだとキッパリと断るか逆に相手のことを尋ねるようにして対応している。 2人の中の変化と言えば、紅葉が大学を卒業したことで生活リズムが合うようになり、一緒に過ごせる時間が増えたということだろうか。特に凪はご機嫌だ。 そして今まで以上に寄り添ってくれるようになった。 例えば紅葉が個人の仕事の関係者と話している時もタイミングをみて“いつもお世話になっています。同性のパートナーを公表した件でご迷惑かけてないですか?”と、気遣った挨拶をしてくれるようになったし、 凪の友人との飲み会に紅葉が呼ばれることも増えた。 その時もいろいろな人に改めてパートナーだと紹介してくれている。 「おー、来た来た! 凪ー! 新妻の到着だぞー?」 「だからパートナーだって…(苦笑)」 「うわ、顔ちっさ…っ!」 「あれ? 会ったことなかったっけ? 紅葉、こっち。 …呼び出して悪いな…。 みんなお前と喋りたいってうるさくて(苦笑)」 「ううん。 あの…、いつもお世話になってます! ちょっとだけお邪魔します。」 「初めましてだねー。 何飲むー?」 「…えっと…、じゃあオレンジジュースで。 あの、凪くん…!」 「何? ん? 飲まないの? もしかして車で来た?」 紅葉は少し困った表情を見せ、小声で凪に告げた。 「凪くんから電話きたあと気付いたんだけど、曲提供の締め切り1週間勘違いしてた……! 帰ったらやらないと…。 動揺してたから運転不安でタクシー使っちゃった…。」 「ヤバ…っ!マジでっ?! いや、タクシーでいいけどさ… あ、俺水もらっていい? …え、どんな感じなの?」 凪は驚きつつも、とりあえず酔いを冷まそうとお冷やを頼み紅葉に状況を聞いた。 いい感じに酔っ払った友人たちは紅葉に話かけつつ、凪にも絡む。 「凪もう飲まないのー? 紅葉くんは何か食べるー? 何でも頼んでいーよ!」 「いつもどっちがメシ作ってんのー?」 「だいたい俺。 …なんか食う?」 凪は手短返事をしつつ、紅葉と目線を合わせる。アイコンタクトはバンドで阿吽の呼吸としてやってきているのでこういう時にも使えるのだ。 「5曲のうち3曲は終わってる…。 あ、えっと…どーしよ…。 残ってるので…。あ、プリン食べたい。」 紅葉は焦りつつもテーブルの上のメニューを指差した。 「…プリン頼んでやって。 これ手付けてないから食う? で、残り手付かず?(苦笑) 締め切りは?」 「明後日…」 紅葉の青白い顔色からだいぶ追い込まないとヤバいのだと悟った凪の判断は早かった。 「…プリン食ったら帰るぞ。 ごめん、二次会パスー!」 「えー? 俺まだ話してねーよ!」 「急用出来た。 あー、今話して?でも絡むなよ?(笑)」 「急用? あー、ラブラブする感じ? それは忙しいよね!」 「…凪くんは二次会行ってきていーよ?」 「は? 何言ってんの? あー、仕事。 紅葉が2日で2曲作んなきゃだからさ。 ほら、プリン。 とりあえずこれ食べとけ。 あ、水もう一杯いい? お前の曲作り壮絶なのに…俺がサポートしないでどーすんの? 来週ゲネプロあるし、倒れてる暇ねーぞ。」 「凪くん…っ! うんっ!」 「ヤバい…、惚れるっ!(笑)」 「いいもん見れたねー。」 「だなぁー。 凪の溺愛っぷりマジだったー!(笑)」 「いい曲作れよー!」 「でもあんま売れ過ぎんなよー!(笑)」 「いーね。マジで公私共にパートナーって感じだー!」 友人たちに囲まれて賑やかに過ごし、タクシーの中で曲の構想を相談しつつ、帰宅してからはすぐに作業に入る紅葉。 凪は家事と愛犬の世話を引き受け、紅葉のために夜食を作る。 音楽に没頭すると食事もお風呂も疎かになる紅葉に気を配り、時に落ち込む紅葉を励ましたり、世話を焼くのだった。 「こんなんじゃダメだ……」 「…落ち着け。 焦っても仕方ないから…。 ここのラインはめっちゃキレイだからさ、そのまま残したら? で、まとまりないって思ってる? 何を軸にしたいのかもう一回考えてみな? あー…、とりあえず…茶碗蒸し食べる?」 「うん……!」

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