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第124話(6月②)(6)
忙しい合間に凪がわざわざ時間を作って料理をするのには理由があった。
帰省して数日は生活リズムに慣れることを優先していたし、とにかく目の前のやらなければいけないことだけに集中していて余裕もなく、基本的に自分たちの食事は賄いや買ってきたもの、紅葉の作ってくれるスープなどの簡単な料理だった。
なるべく一緒に食事をするようにしていたが、ある時何かが違う、何かが足りないと凪は感じたのだ。
「こんだけ忙しくて何が足りてないんだよ…」
自宅と勝手が違うからだろうか…?
しばらく分からなかったのだが、ある日仕込みの合間に小腹のすいた紅葉が顔を出して、凪はおにぎりを作って食べさせたのだ。
何も特別ではない、朝食の余りの鮭を使ったおにぎりだった。
「わぁーい! 美味しいーっ!」
と、笑顔で頬張る紅葉を見てハッとした。
自分自身が作った料理を紅葉に食べてもらいたいのだ。美味しいと言ってくれる紅葉の笑顔が凪の全ての源なのだ。
「…なるほど。いや…どんだけだよ…(苦笑)」
これも一種の独占欲と言えるのか…、執着心というか…そんな自分に呆れつつ苦笑する凪。
「…? 食べ過ぎ??
凪くんもいる?」
「いーよ。
食べな。ってか、米粒ついてる(笑)」
「えっ?ほんとー?
…ふふっ!」
納得した凪はそれから自分たちの食事も作るようになったのだ。
今日のお昼は凪と紅葉、義弟の義と3人だ。
「わぁー! 肉じゃがーーっ!
ありがとう、凪くん!
ご飯よそうね!」
紅葉は好物を前に鼻歌混じりにキッチンへ。
3人でいただきますと箸を取る。
「紅葉、お代わりあるからたくさん食えよ。
…だから、義くん…! 金はいらないって。
その代わり食費と光熱費とかは払わねーから宜しく。」
凪は義と話し中らしい。
「いやいや、そういうわけにも…!」
どうやら凪と紅葉の給料についてのようで…。義父の正からも支払うと言われているが、凪は断り続けている。
「…どーしてもって言うなら紅葉に小遣い程度やってよ。俺はいい。
ってか、めっちゃ食費かかるからね?(苦笑)」
「お代わりー!」
「…早っ!」
「…ね?(笑)」
「あ、僕はお義母さんにお洋服買ってもらったからお小遣いいらないよ?」
「「…いつの間に?」」
凪と義の声が重なった。
正もだが、早苗は特に紅葉に甘い。
連日おやつ(地元の銘菓)を与えたり、日に日に紅葉の靴やリュック、服もどんどん増えていく。もちろん紅葉はねだったりしていないのだが…
ちょうど帰宅した早苗に聞いてみると…
「だって絶対紅葉くんに似合うと思ったんだもの!」
つい通販で頼んでしまうらしい…。
凪と義はもう何も言わず、部屋を移って新作メニューの打ち合わせをし始めるようだ。
ダイニングに残った紅葉は早苗の昼食を準備しながら聞いた。
「お義母さんは…僕がスカート履いてたり、コスプレみたいな格好してるの気持ち悪いとか思わない…?」
「…全然!だってとっても似合ってるし、ほら、この雑誌の写真だって本当に素敵だと思うもの。見てるだけで楽しい気分になれるし、こんなにいろいろ着こなせて羨ましいわ…!
今度モデルさんする時は直接見てみたいなぁ…。
まぁ…正直、もし凪がこんな感じの服を着てたら複雑だけど…(苦笑)
…でも自分らしくいられる服装をしたいって
言われたら親としては受け入れると思うわ。
うちの制服も性差があるから…!
あ…!紅葉くん今更だけど、お着物着たい?」
早苗はハッとして紅葉に聞いた。
紅葉の普段の仕事着は作務衣型の制服だ。
「…ううん、お着物はけっこう苦しいし、動き回るの大変だから今のがいいかなー。
いつもキラキラしたお洋服着たいわけじゃないんだよね。
あ、この帽子はお義母さんに似合いそうだよ!」
「えー?
ちょっと若すぎないかしら?」
「そんなことないよ!
絶対カッコ可愛いと思う!
色違いあるからお義父さんとお揃いにして、リハビリのお散歩行ったらいいよ!
あ、わかった!これは僕からの退院プレゼントにしちゃおうー!」
紅葉の提案に早苗も嬉しそうに微笑んだ。
翌日…
「おとーさんっ!」
「おー!
紅葉くん!今日も来てくれてありがとう。
小麦ちゃんはイイコにしてるかな?」
お見舞いに行くと義父は笑顔で迎えてくれた。
「うん!
ダイエットも頑張ってて、今日も元気にドッグランで走ったよー!」
早速動画を見せると嬉しそうな正。
「けっこう動画溜まったから凪くんがDVDに編集してくれたよ。」
「本当に?わぁー!見るの楽しみだなぁ!
でも凪くん忙しいのに悪いね…。」
「凪くんも息抜きになるから大丈夫って言ってたよ!」
「そっか…。みんなに迷惑かけて悪いね。
早く退院しないとなぁ。」
「迷惑なんて思ってる人いないよ!
義くんがすごーく頑張ってる!
スタッフのみんなも寂しがってるし、お義父さんに早く元気になってもらいたいって気持ちだと思う。お義父さんいないとパズルも模型も全然進まないし(苦笑)」
「そっか…!
早苗さんはどう…?」
「お義母さんもお仕事の時はいつもと変わらないかな。元気に働いてて…そういえば休憩の時によく僕のヴァイオリン聴いてくれてるよ。夜は小麦ちゃんと一緒に寝てる。」
「…そっか。元気そうなら良かった。
…いや、LINEとかでも大丈夫としか言わないからさ。少し心配してたんだ。
仕事の負担もかけてしまってるし…
何より彼女は…病院や入院には辛い想い出があるからね。」
紅葉は少し考えてから聞いた。
「……凪くんのお父さん?」
「うん…。
だから仕事のこと抜きでも凪くんと紅葉くんが帰ってきてくれて、早苗さんの側にいてくれて本当に良かったと思う。
本当にありがとう。」
正の言葉に紅葉は言葉は返さず手を握り、優しく微笑んだ。
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