120 / 226

第128話(7月)(1)

「一応聞いとくけど…わざとやってないよね…?(苦笑)」 「ちょっと凪くんっ!」 包帯の巻かれた義父、正の右足を見て凪は半分冗談で訊ねて紅葉に咎められた。 「あははは。 いやー、暑いからわんこたちにプール出してあげようと思ってね…。 梅ちゃんはお水遊び好きみたいだったし…!」 「それで"腰痛い!"ってなってバランス崩して捻挫、動けなくなって熱中症…?」 義弟の義も若干呆れ気味だ。 せっかくヘルニアが治ったと思ったのに退院して数日で病院に戻るなんてなんてついてないのだろう…。幸い、今回は入院せずに済んだが、正はしばらく不自由な生活になりそうだ。 「でも骨折してなくて良かったね! おとーさん!」 「本当にねー…! 紅葉くんが気付いてお父さんのこと探してくれたから良かったけど…! もう…!ビックリしたんだから…! お父さんは何でこういう時にスマホ持ってないのよ! 紅葉くん、本当にありがとうね。 命の恩人よ!」 「そんな…っ!」 「…やっぱ帰るの止めてもう少しいようか?」 凪は家業が心配でそう聞いた。 しかし正は全力でそれは申し訳ないと答える。 「いやいや…! 東京で仕事もあるだろうし、これ以上凪くんにも紅葉くんにも迷惑かけられないよ。 いつも世話になりっぱなしだけど、今回特に凪くんには負担かけて申し訳なかったね…。 ほら…松葉杖もあるし、電話番くらいは出来るからさ!」 「気にしなくていいって…。 …くれぐれも無理はしないようにな?」 「ホント助かったよ。2人ともありがとう。 こっちはなんとかなるから…。」 「そうね…。なんとか大丈夫よ。 でも…やっぱり紅葉くんが帰っちゃうと寂しいわ…!」 「おかーさん…っ!」 「お仕事落ち着いたら絶対また遊びに来るのよ? あ、あとこれ…。少しだけど、帰りに好きな物でも買って食べなさい。」 紅葉に小遣いの入った封筒を渡す早苗は涙声だ。 「お土産もたくさんもらったのにもらえないよ…!」 「いいから…! 向こうも暑いでしょうから身体に気をつけるのよ?あと冷たい物ばかり食べちゃダメ!いい?」 「うん…。」 そろそろどちらが本当の息子なのか分からなくなってきたな…と感じる凪。 早苗の紅葉への溺愛は止まらない。 遺伝だろうか? もちろん早苗のは家族愛としてだが…。 紅葉の方も今回少し長く滞在していたので離れがたいようだ。 「………。 じゃあまた。 なるべく早めに来るようにするから。 紅葉ー?先に平九郎と梅車乗せとくから終わったら来いよー。」 永遠に続きそうな母親とパートナーの別れの挨拶を横目に淡々と帰り仕度を進める凪。 どうせ来月LIVEで来るのだ。 東京での仕事を2日程短縮出来れば少しゆっくり帰って来れるだろう。 凪は頭の中でスケジュールを組み立てながら、パートナーを待った。 都内… 「んーーっ! 久々のお家だね!」 「あぁ。」 「ホッとするー!」 留守の間は近くに住むみなと光輝に時々部屋の換気を頼んでいた。 昨日は軽く掃除もしてくれたようで、食材もいくつか冷蔵庫に入っていた。 さすがに寝室に入るのは申し訳ないからと布団乾燥機まで準備して置いていってくれていた。 おかげでしばらく家を空けていたのに片付けに追われることもなく快適に過ごすことが出来ている。 簡単な食事を済ませてソファーで手を繋いで寛ぎながら穏やかな時間を過ごす2人。 「なんか…静かだね。」 「そうだな。」 珍しく凪もボーっとしているようだ。 愛犬たちは長時間の移動で疲れたのか、ぐっすり眠っている。 凪の実家では宿でも家でも誰かしらと一緒のことが多かったので、2人きりでいることが新鮮に感じた。 「紅葉、改めてだけど…ホントありがとうな。一緒に付いてきてくれて。 仕事も軌道に乗ってきてたのに調整させて悪かった。 手伝いも大変だっただろ? 母さんはめちゃくちゃ助かったって。 でもまぁ…いくら仲良くしてくれてても気遣って疲れたよな?」 「え…? もうそんな気は遣ってないんだけどね(苦笑) おかーさんお仕事バリバリ出来てカッコいいし、優しいし…なんかそういうとこ凪くんに似てるって思ったよ。 義くんもお仕事中にいろいろ教えてくれたり…、おとーさんもお見舞い行くと何回もありがとうって言ってくれて優しかった! 従業員のみんなも仲良くしてくれたし… 僕は…みんなといれて楽しかった! だから今ちょっと寂しいくらいかな…。 ホームシック?(苦笑) …凪くんこそ本当にお疲れ様。 大変だったねー。」 大家族で育った紅葉は賑やかな生活もストレスにはならないようだ。 血縁関係なく家族として当たり前に接していたからこそホームシックという言葉まで出るくらいだ。 多忙だった凪を労るようによしよしと頭を撫でてくれる紅葉。 凪は堪らずギュッと抱き締めた。

ともだちにシェアしよう!