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第136話(9月)(1)

先月は毎日猛烈な暑さではあったが、穏やかで楽しい日々を過ごせていたと思う。 LINKSは東京、名古屋、大阪でのLIVEを成功させ、新曲の準備中。 LIT Jは関東を中心に全国の小さなLIVEHouseを巡るツアーを続けている。 フィンがドイツに帰ってから家族への寂しさが一気に溢れてしまった紅葉はいつも以上に凪や愛犬の平九郎や梅にもベッタリだった。 そんな紅葉の心情を察した凪は忙しい仕事の合間をぬって避暑地へキャンプに行ったり、時間が取れない時は近場でデートに連れ出した。 「面白かったねー!」 「そうだな。相変わらずこのアニメよく分からねーけど(苦笑)」 久々の映画館デートは紅葉の好きなアニメをチョイスした。イマイチ内容が分からなかった凪は途中から映画ではなく、隣の紅葉を眺めていた。紅葉の楽しそうな表情を見ているだけで心が満たされるのだから不思議なものだ。 「んー!ずっと座ってたから腰が痛い…。 凪くんは?平気?」 「別に……あ。昨夜の、風呂でしたからじゃねぇの?(笑)」 「っ! …違うもん。」 「はは…。 荷物持つ? ってか、お目当てのグッズは買えたのか?」 「大丈夫だってー…。 あ!それがね、ユキくんの好きなキャラが売り切れだったー。」 検査入院中の親友へのお土産にしたかったらしく残念がる紅葉。 「まだ上映されたばかりだし、ユキが退院したら2人でまた来たらいいんじゃん?」 「…! そうだね!うん!」 こうした何気ない会話も嬉しくて楽しくて、2人は寄り添いながら街中を歩く。 「きゃーっ! 本物だっ! え…、デートかなぁ?」 「絶対デートでしょー!」 ファンの子に気付かれても気にせず紅葉に手を差し出して歩く凪。 「そうだよ。 …行こ。」 「うん。 …じゃあねー。」 キャーキャー!や、ヤバい!と声が聞こえたが、先を急ぐ凪と紅葉。 続いて訪れたのはアートアクアリウムで、幻想的な雰囲気に夢中になる紅葉。 今夜はここでヴァイオリンを演奏するイベントがあるだ。 「わぁ……! キレイだねぇ…。 …ホントにここで弾いていいのかな?」 「はは…っ! いいんだって。 むしろ弾かないとみんなが困るだろ(苦笑) …頑張れよ。 楽しみにしてる。」 「…うん。」 しばらくボーっと眺めてゆったりとした時間を過ごした2人。 紅葉は音の響き方をチェックし、一人考え込んだ。 凪は関係者に挨拶をしながらその様子をそっと見守る。 「凪くん…」 「ん?」 「曲…、今から変えてもいいかな…?」 「…お前が、そうしたいと思うなら…それがベストだろ。不安もあるだろうけどさ、自分がどうしたいのかよく考えて、自信もって決めな。」 頭をポンっと叩きながら伝えてくれた凪の言葉に紅葉は頷き微笑んだ。 無事に演奏が終わり、幻想的な世界観と優しい音楽に包まれた素敵な時間が流れた。 拍手と涙ぐむ観客を前に紅葉はホッと胸を撫で下ろす。 直前の変更も問題なく、より良い内容になったと感じることが出来た。 その後は質問コーナーの時間もあり、観客とのひとときを楽しむ。 「演奏前はどんなことをしたりどんなことを考えてるんですかー?」 「うんと…、バックステージにいる時は普通に曲のこと考えてるかな。 割りと集中してます(笑) ステージに立ったらもう何も考えないようにしてて…、弦を構える直前に思い浮かべるのは…大好きな人のこと。」 周りから囃し立てられて照れる紅葉。 「僕の両親がヴァイオリンとチェロの奏者で。2人がすごく楽しそうに演奏してたのを覚えてるんです。両親は常に目標ですね。」 笑顔で答える紅葉をステージ裏で見ていた凪は「あいつらしいな」と呟いた。 「旦那さんとは最近どうですか? 紅葉くんのソロ活動を応援してくれてますか?」 「あ、はい(笑) すごく、力になってくれてます。 えっと……今までも今も、すっごく優しいです。うー…顔が熱い…っ!(苦笑)」 紅葉のヴァイオリン演奏は評判を呼び、今日みたいなイベントや他のバンドのクラシック演出にも呼ばれることが増えてきた。 ギャラはまちまちだが、保育園や幼稚園、乳児院などでの活動は無料で行うことがほとんどなのでその活動費にあてている。 ただ紅葉も忙しい身なので安定した活動のためにそろそろスポンサーの募集をと考えていて、バンドのリーダーで事務所の責任者である光輝とも相談して商談やプレゼンを行っている。 光輝や凪、誠一が付き添ってくれることが多いがスケジュールの都合がつかない時もある。 この日の会食も従姉妹のみなが付き合ってくれる予定だったが、急な体調不良ということで紅葉は凪に連絡をした上で一人で店へ向かった。

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