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第137話(9月)(2)
※一部暴力的な表現が入ります。
苦手な方は閲覧をご遠慮下さい。
「君はとても美しいね。
こうして目の前で話している時は明るくて無邪気な…良くも悪くも今時の青年なのに、モデルをしている時はまた雰囲気が違うし…。
よく言われているだろうけど、紅葉くんは男とか女とか性別を越えて惹かれる存在だよね。
特にステージ上だと神秘的なオーラがあってこう…ヴァイオリンを構える時の表情は最高に美しくて…もう何度も映像を見たよ。」
「あ、えっと…、ありがとうございます……?」
饒舌にとってつけたようなお世辞を述べる男に紅葉は困惑していた。
「だからそんな君のためなら…僕に出来ることがあれば力になりたいと思ってね。
何、財力だけはあるからね。あはは。」
膝に置いていた右手の上に汗ばんだ分厚い手を重ねられて、慌てて取り払う紅葉。
顔合わせの時は秘書の人もいたし、とても熱心に紅葉のやりたい幼児音楽教育について話を聞いてくれてとても紳士的だったのに…
今日は早々に秘書は別の用事が…と、退席してしまい2人きりだった。
予定外の事態だったが、2人なら無理ですなんて理由でキャンセルも出来ず、トイレに立った隙に凪に連絡を入れた。
絶対、心配するだろうから連絡だけはしておかないと…。
紅葉が戻ると男は酒が入ったせいか今日はやたらギラギラした欲望の眼差しを感じて、紅葉はそろそろ切り上げようとした。
「だいぶお飲みになりましたね!
入間さん…明日もお仕事ですよね?
お話が楽しくてあっという間にこんな時間ですよ。遅くまでありがとうございました。
今タクシー呼びますね。」
「あぁ、今日はここに部屋をとってるんだ。」
「っ!」
その一言に固まる紅葉。
会食がホテルの中に入ってる店だったのは計算だったのだろうか?
「何、そういう意味じゃないよ(笑)
明日朝イチで福岡へ向かうんだが、ここからの方が近くて便利だからね。
おっと…確かにちょっと飲み過ぎたようだ。
今日はこんな美人が隣にいたから酒が旨くてね。
紅葉くん、悪いが部屋の前まで付き添ってもらえないかな?年だからね、転んで骨折なんてみっともないことになりかねない(苦笑)」
チェック(会計)を部屋につけた入間を前に断れず横に大きな身体をなんとか支えながら移動する紅葉。急いで凪にLINEをした。ついでにマナーモードを解除する。
もちろん警戒心はあったし、スポンサーでなければ多少強引にでも断れたのだが……既に仮契約まで進んでいる相手では無下には出来ずエレベーターへと進んだ。
「お部屋ここですよね?
えっと鍵は…?」
「あぁ、ここに。
…助かったよ。ありがとう。」
ニヤリと不気味に笑う入間に気付くのが遅れた紅葉。
華奢な身体はあっという間にドアの内側へ放り入れられてしまった。
「何、するんですかっ!
…どいて下さいっ! …僕帰ります。」
なるべく冷静にと思いつつ、紅葉は焦っていた。
「まぁまぁ…。
紅葉くん、せっかくだ。
もう少し付き合わないか?」
「いえ…。あの…!
お願いですからそこをどいて。
家に帰して下さい。」
狭い通路を塞ぎ、ドアの前からどいてくれない入間に困惑する紅葉。
「紅葉くん…。
私はね、美しいものが好きだと言ったが、
一番好きなのは美しいものが儚くも壊れていくところを見ることなんだよ。」
その言葉にゾッとし、本格的に身の危険を感じた紅葉は体当たりでドアに向かう。
腕を掴まれ、抵抗して暴れれば足をかけられ力任せに床に倒された。
「痛っ!」
上半身に体重をかけられ動けない紅葉。
息も苦しいし、しかも左手の上に男の革靴が乗っている。
「いいのかな?
大事な左手…。
もし怪我でもしちゃったらヴァイオリンを弾くのもベースを弾くのも困るよね?
そしたらこどもたちが楽しみにしてる音楽会も、LINKSのLIVEも出来なくなるかもね?」
「…っ!
卑怯者っ!」
「へぇ、難しい日本語も知ってるんだね。
うん、いい目だ…。
でもコッチは旦那さんしか知らないとか?」
「ッ!やめ…っ!
…?」
「そろそろ効いてきたかな?
大丈夫、
良質の薬だから君も楽しめるよ。」
絶望と恐怖で震える身体はどうやら一服盛られてしまったようで思うように動かず、悔しさでいっぱいだった。
男の視線が、首にかかる吐息が、身体を這う手が気持ち悪くてこの先のことを考えると恐怖しかなく、もしそんなことになってしまったら…と凪が苦しみ、悲しむ顔が浮かんだ。
でも絶対泣いたりしない。
例え何があっても凪の元へ帰る!凪と付き合うことになった時、そう約束したのだ。
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