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第138話(9月)(3)
けれど、抜け出せない状況に焦るのも事実。
「や、だ…っ!触るなっ!
…っ!助け…っ!
なぎ…っ!」
「健気だね。
でも彼は今日大事なLIVEだろう?
どんなに呼んでも助けには来ないよ。
大丈夫。大人しくしてれば朝には帰してあげよう。約束するよ。
というか…これは浮気じゃなくてビジネスだろう?
昔から音楽家にはパトロンがいるものだ。
私たちも上手く付き合おうじゃないか。
君にベタ惚れの彼なら許してくれるよ。
いや、むしろ理解するべきだね。
まぁ…意外とあっさり君を手放すかもしれないな。」
この男の言いなりになるなんて絶対にイヤだった。抵抗したら手を怪我するとか考えるよりも大好きな凪を軽視され、侮辱されたようで紅葉は恐怖の先に怒りを覚えた。
負けたくない。
もう何も出来ない、ただ護られるだけのこどもではないのだ。
凪を幸せにすると、2人で幸せになると誓った。
そう思うと自然と勇気が湧いてきた。
「ふざけるなーっ!
凪くんはそんなことする人じゃないっ!」
薬の影響かふわふわする頭の中に紅葉の祖父母と亡き両親の前で愛を誓ってくれた凪の顔が浮かんだ。
凪に教えてもらったもしもの時の護身術は迷わず急所を狙えというものだった。
それが少々小柄な上に華奢で男にしては非力な紅葉が助かる道だからと。
だから紅葉は凪からの着信音にハッとした入間の隙を見逃さず股間に思いっきり蹴りを入れて、渾身の頭突きをかました。
薬でふらつく身体にカツを入れ動かない足を叱責し、何度も転び、何度も壁に身体をぶつけながらもなんとかドアの方へ走らせた。
力の入らない手では引き開けるのが精一杯のドアを出ようとした時、男の手が伸びてきて後ろから抱え込まれ口を塞がれる。
「んんっ!」
「痛…っ!
この…っ!」
指を噛んだ紅葉は殴られたが、構わず叫んだ。
痛みを感じている時間はない。
「なぎぃ…っ!助けてーっ!」
もう無理、夢であったらいいのにと目を瞑って崩れ落ちる紅葉…。一瞬の間があって大好きな香りに包まれたのが分かったが紅葉の意識はそこで途切れてしまう。
「…おいおっさん…!
誰のもんに何したか分かってんの?」
そこにはステージ衣装のまま駆け付けた凪の姿があった。
しかしその表情はさっきまでのLIVE中とは全く別人で冷徹な目をしている。
「くそっ!
あと少しで私が…!私の手で壊せたのに!」
ペーパーナイフだろうか…小型の刃物を手に向かってくる男を凪は気を失った紅葉を抱えたまま片手で封じた。
「お前みたいなヤツに!
こいつの…紅葉の音楽を壊せるわけねーだろ!」
「…?どこ…?」
「気が付いた?
病院。気分悪くない?」
従姉妹のみなの顔があった。
正直あちこち痛みはあるし、気分も悪いがそれより気になったのは最愛の人の姿が見えないことだった。
「……凪くんは?」
「…大丈夫。あとで来るよ。
もうちょっと休もう。」
言われるがままに目を閉じて次に起きたら凪がいて、手を握ってくれていた。
「…っ!」
互いに声にならなくて、ただ抱き締め合った。
「な…なぎっ…!
これ、どーしたの?…怪我してるよ…!
大丈夫?痛い?」
傷だらけの手で凪の顔を包み込んだ紅葉は彼の頬にある切り傷を見て心配そうに傍を指でなぞった。
まさかの台詞に凪は涙声で叱る。
「バカじゃねーの?
こんなかすり傷…!
どう見てもお前の方が重傷だろうが…っ!」
「…っ!
あ…僕…っ!
どう、しよ…!
覚えてない…」
「…!
大丈夫…。
薬盛られたし、怪我もしてるけどそれ以上のことはされてない。」
安堵した紅葉は少しずつ思い出したようで震え出した。
凪は大丈夫だと何度も言い、落ち着くまで紅葉を抱き締めた。
「……ホントに?
凪くん…来てくれたの?
LIVEは?」
「大丈夫。
終わってLINE確認してたら珊瑚から着信あって…お前がヤバいって。
そっから飛んできてギリギリ…。
お前が捨て身で部屋から出てきてくれて叫んでくれたから助けられた。」
双子のシンパシーだろうか…不思議に思ったが今はいいかと話を続ける。
「え…?珊瑚が…?
あの時の…やっぱり…凪くんだったんだ…!
良かった…。」
「ほんと…良かった。
ごめんな、遅くなって。
めちゃくちゃ怖かったよな。
よく頑張った。お前…スゴいよ。ホント。」
「…っ!」
紅葉の無事を実感した凪は目に涙を溜めていた。それを見て紅葉はこどものように泣き続けた。
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