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第142話(9月②)(3)

ラーメン屋で解散となり、学生たちは家に帰り、光輝は家族の待つビジネスホテルへ戻り、誠一とゆーじ、サスケは飲みに行くと繁華街へ向かった。 凪と紅葉は愛犬たちと泊まれる郊外のリゾートホテルへ。 少し時間を遅らせてもらい、部屋で改めて食事をする2人。 もちろん愛犬たちも一緒だ。 「ドイツに行くのに…こんな贅沢していーの…?」 キレイで広い部屋と行き届いたサービス…紅葉は少し心配な様子だ。 「ん? まぁ、多少は経費出るし、このくらいはいーだろ(苦笑) 平九郎たちとものんびり過ごしたかったし。 梅もメシ気に入ったみたいだな?」 犬専用の特別メニューを勢いよく食べる梅と、対照的に食べ慣れない物に戸惑っている平九郎。 「…そうだねー。 平ちゃんはいつものご飯にする? ちゃんと持ってきてあるよー! …ん? そっか。梅ちゃんにあげるの?」 「優しいな。 梅、大丈夫だからゆっくり食えー。 …俺らもだけど、絶対食べ過ぎだからあとで少し散歩するか(苦笑)」 「うん…!」 秋らしい虫の音を聴きながら田舎の夜道をのんびり歩く。 紅葉は平九郎、凪は梅を連れて。 もちろん2人はしっかりと手を繋ぐ。 東京では見られない夜空を見上げながら「キレイだね。」「涼しいな。」と他愛のない話をする小さな幸せに微笑み合う。 「あの…さ。 前にも聞いたけど…ほんとに良かったの? ドラム…!」 「…あぁ。 確かに思い出の品だけど、俺にはもうサイズも小さいし…プロとしてやる以上今のセットがベストなんだ…。 それにあのドラムにとってはあのまま実家の倉庫に眠ってるよりずっといい。ちゃんとしたセットだからまだまだ使えるし…だからきっと親父も分かってくれると思う。 何より…めちゃくちゃ喜んでくれてたしなぁ。」 照れ臭そうに、でも嬉しそうに話す凪に紅葉は頷く。 「そうだね!」 「…あ!だからってお前は同じようにしなくていいんだからな?」 凪は少し慌ててそう付け加えた。 紅葉のヴァイオリンは父親から譲り受けた物だからだ。 「あ、うん。 それは…分かってる。 …でも大事な物だよ…。 やっぱり凪くんは優しいね。」 「…そんなことねーけど…(苦笑) ほんと…スゲー練習した思い出も残ってるし、やっぱり買ってもらった時の嬉しさはハンパなかったな。」 「…お誕生日プレゼントだったの? お父さんの話、聞いてもいい?」 凪はちょうど通りかかったベンチを見て、紅葉に座るように促した。 そして、平九郎と梅に水を与えながら話始める。 「確かそう…。 13歳…中学上がる時の。 親父が東京に店出すからって引っ越し決まってて、俺は地元の友達と離れるのとかやっぱヤだったし、環境変わるの不安だったり…反抗期とかいろいろあってさ。 習い事で空手やったり、ドラム叩いてる時が一番スッキリしてたから…その2つは絶対続けさせて欲しいって。 で、電子ドラムはあったんだけど、この先ずっと誕生日プレゼントもクリスマスプレゼントもいらねーからちゃんとしたドラムセット買ってくれって…まぁ、半分反抗?ってか、じゃないと東京行かないって脅すみたいな感じで無茶言ったんだよ(苦笑)」 「そうだったんだー! 凪くんのワガママ珍しいねー! でも…ドラムセット高い、よね? 部室にあったやつより音がちゃんとしてる。」 「だろうなー(苦笑) まぁ、東京の家は防音とかなかったから家では大して使えねーし、でも買ってもらった手前簡単に辞めれなくなって夢中になったんだけど(笑)」 「お父さんは凪くんがほんとにドラム好きなの分かってたんだね。」 「…そうかもな。」 「お父さんも音楽やってたんだっけ?」 「学生時代かじってたらしい… 母さんに聞いた話だと好きだったけど、自分の楽器は持ってなくて…。じーさんも料理人で跡継ぐように決められてたみたいだから。あー、昔の日本ってそういう考えの家もあったんだよ。」 「…分かるよ。 日本の伝統ってそうやって守られてきた部分もあるよね。 おとーさん…あ、正さん(凪の義父)の方ね? おとーさんもずっと苦しかったって。 伝統を守らなきゃって重圧でいっぱいいっぱいで、本当に護るべき人(前妻)を守れなかったんだって話してくれたことがあったよ。 でも、思いきって伝統を変えてみたり、絶対ダメって言われてた犬も飼ってみたら大変だけどすごーく楽しかったんだって!新しい世界が広がったって言ってたなぁ。」 「そっか…。」 「だからきっと凪くんのお父さんもそういうの分かってて…、凪くんには好きなことをやって欲しいって言ってくれんだろうし、応援する気持ちで買ってくれたんだね。」 「俺もそうだと思う…。 親父のくれたドラムがあったから音楽の楽しさを知れたし、プロになりたいって思えた。 その過程で紅葉とも出逢えた。 あのドラムは手元からはなくなるけど…でも俺は…これからはお前と同じ音楽を奏でていける。だから…いいんだ。大丈夫。」 「凪くん…!うん…! でも万が一さ…僕か凪くんが…もしくは2人とも音楽が出来なくなったとしても…僕はずっと凪くんの側にいるよ。」 「あぁ。俺も、約束する。」 繋いだ手をギュッと握り、互いの目を見て誓い合う。 「…平ちゃんと梅ちゃんも…出来るだけ長く一緒にいてね。」 紅葉はそう告げると平九郎と梅を抱き締めてたくさん撫でた。 「そうだな。 ん、長くなってごめんな。 …部屋戻ろう。 明日もあるし。」

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