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第144話(10月)(1)

北陸で高校生たちとバンドの楽しさを共感し、その帰宅中にかかってきた1本の電話…。 オーディションに合格してプロオケへのゲスト参加が決まったという連絡を受けた紅葉は驚きと信じられない気持ちでいっぱいだった。 凪は知らなかったが、世界的に有名なヴァイオリニストがえらく気に入ってくれたようで、異例ではあるが、クラシック界ではまだ無名の紅葉が第一ヴァイオリンを任されることになった。 が、早速始まった練習は過酷…。 しかも生まれて初めて手にするストラディバリウスは恐ろしい程美しい音を鳴らす。 歴史と職人の技術が詰まったヴァイオリンは楽器というより芸術品で…初日、紅葉の手は震えが止まらなかった。 そしてそのポテンシャルを最大限に引き出すためには技術とコツが必要で、紅葉は個人レッスンを受けているが、警備の関係で時間も限られていてなかなか思うように進まない。 しかも紅葉を推薦してくれたヴァイオリニストはスケジュールの都合でまだ来日出来ていないらしい…。 完全にアウェーな雰囲気に馴染めない紅葉…。 LINKSの仕事や幼児音楽イベントの仕事もあるので多忙だが、寧ろそれらが息抜きと癒しになっている程だ。 「当たり前だけど、みんな上手い人ばっかりー!なんか雰囲気も思ってたより硬いっていうか…。みんな大人だから? いろいろ違ってビックリした。」 と、紅葉。 凪はクラシックのことは詳しくないが、紅葉も十分上手いと思うし、せっかくなので楽しく演奏して欲しいと願っているのだが、どうにも不調らしい。 とある日の夜… 「下手くそって言われた! 悔しいっ! でも本当に今日の僕は下手だった!」 珍しく愚痴を溢しながら、モヤモヤした気持ちを晴らすように鍋をかき混ぜてカレーを作る紅葉。 一方凪はLIT Jの秋ツアー直前で忙しく、しかも冬ツアー分も盛り込んだツアーで過密スケジュール&セットリストも激しめだからと気合いの入り具合が半端ない。 体力作りのために空いた時間はジムやキックボクシングのトレーニングに通ったり、今も愛犬たちと走り込みに行っている。 「ただいま…! 紅葉…っ、悪いけど水取ってくれる?」 「お帰りなさい。 うん! 大丈夫? お疲れ様ー。 あ、平ちゃんたちもお水ね!」 息の上がった凪と愛犬たちに水を渡す紅葉。 「あー…生き返った…! …カレー作ったの? 練習忙しいんだから休んでていいのに(苦笑)」 「いいの、気分転換! 今日はどーしてもカレーが食べたくて。 それに…忙しいのは凪くんも一緒でしょ?」 「…ありがと。 スゲーうまそう。 米は? 炊いた?」 「………っ!」 肝心なところが抜けてしまうのが紅葉。 凪は優しく笑って冷凍庫を開ける。 「はは…っ! 冷凍のあるから大丈夫。 あ、ナンもあるからそれにしようか?」 「え…、両方食べたい…!」 「いいねー。 俺も腹減った…! シャワーしてくるから温めておいて?」 紅葉の髪にキスを送るとバスルームへ向かう凪。 たったそれだけでさっきまでイライラしていた気分も晴れて紅葉は鼻歌混じりに電子レンジへ向かった。

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