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第146話(10月)(3)

紅葉は少し困った顔を見せたあと、膝の上でギュッと拳を握り語り始めた。 「……。そんなの…、わかんない! けど……僕ならその日に会った人とは無理、だよ。僕の場合はだけどね? 凪くんは女性としか付き合ったことないって聞いてたから、男の僕が受け入れてもらえるか不安で…まず告白するまでもすっごい悩んだし! 付き合えてからも …嬉しいのに不安はあって…。 僕は誰かと付き合うの初めてだったし、恋人同士の…そういう関係になるのもそんな簡単じゃなかった。 凪くんは大人で優しくて素敵な人だけど、僕はほんとただのドイツの田舎者の子どもだったからね!なんか隣にいるのが釣り合わないんじゃないかっとかいろいろ考えたり…。 信頼と、愛情と、時間が必要で… ずっと待ってもらってたんだ…。 ゆーじくんが言うように身体から始まる恋愛もあるのは、分かるけど…。 やっぱ…いざそうなったとしても相手がストレートだと不安だと思うし…、それで相手との関係が上手くいけばいいけど、上手くいかなかったらショックだし…。だいたい上手くいかないって聞くし…。 そんな真面目に考えなくてもって珊瑚にはよく言われたし笑われたけど… しょーがないよね…、僕の性格とか考え方なんだから…。 それで…、えっと…。一回だけでいいならって覚悟なら別かもしれないけど、まずどーやったらそんな覚悟出来るのか僕にはわかんない…かな。 それも恋愛だっていうなら…やっぱり順番通りの恋愛じゃないと僕には向いてないって思う。 それに…もし本気の告白だったら…? …ゆーじくんが今ここでネタにしてその子のことを話さなかっただけマシかもしれないけど、それはちゃんとした告白だって分かったから…だよね? でもゆーじくんのさっきの台詞だと…告白した側は…自分の思いがちゃんと気持ちが届かなかったんだろうな…って思うと思うし、僕なら悲しくなるよ…。」 大きな瞳に涙をたっぷり溜めて一気に話す紅葉。 半分ほど残っていた凪のグラスに手を伸ばし一気に飲み干し俯く。 「紅葉…。」 隣に座る凪が紅葉の顔を隠すように胸に抱き寄せる。 「…えっと…! ごめん。そっか。 俺…とんだ失敗しちゃったのかもしれないね…(苦笑)」 落ち込むゆーじ。 3人の間には重い雰囲気が漂う… 「っ! これだっ!」 俯いていた紅葉が急に顔を上げて大きな声をあげたので驚くゆーじと凪。 「はっ?」 「ドロドロだけどすれ違いで純愛なの! このモヤモヤ?フツフツ?を表現しないと…っ!」 「…え、何?」 「…あ。オケの曲?」 凪が気付いて言うとコクコク頷く紅葉。 ずっと一緒にいるので慣れたものである。 「そう! 恋愛経験無さすぎてちゃんと感情移入出来てなかった…っ!なんか掴めそう! …よし!僕…帰るねっ! バイバイ!」 「…え?」 「あ、紅葉!待てって! ゆーじ、ごめん、そーいうことで。 ご馳走さま。 あー、普通に…謝った方がいいだろうし、先を考えるならまずはその人のこと知るとこからじゃね?」 「…性別越えられなかったらどーすんの?」 「正直そこは相当悩む。 けどさ…、うん。 でもゆーじ相当気になってるんでしょ? 今までなら笑って流してたようなことなのに…もう何日、何回ぐるぐる考えてんの? リハの合間もスマホ見てはタメ息つきまくってるし… もう意識しちゃってるじゃん?(苦笑) あー…参考までにだけど…結局…俺の場合は…紅葉の真剣な顔とか笑顔を側で見てて、他のヤツに渡したくないって思ったから…もう腹くくった(苦笑)」 「タクシー来たよー!」 「今行く! …じゃあまた。 お疲れ、お休み。」 「ははっ! …スゲー2人だな。」 ゆーじは2人を見送り、ポケットからスマホを取り出した。

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