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第152話(10月 ②)(1)

10月中旬… ある日の朝… 「うぅ…っ、…びぇ…っー…っ!」 まるで幼児の愛樹みたいに泣いているのは紅葉。 凪の手元にある体温計は38.2℃の数値(つまり風邪症状)を示している。 「泣くなって。 ほら、ちゃんと布団かけて…。 昨日の撮影、外だったんだろ? 薄い春服で…あの冷たい風の中ずっと外にいたんだから風邪引くのも仕方ねーよ。 ダルいだけ? 一応薬飲む? あとは暖かくして寝てればすぐ治るから…。」 「でも…っ! 凪くんとのデートが……! せっかく2人共休みなのに…! うぅー…! …ごめんね…っ!」 紅葉の誕生日は仲間内みんなでパーティーをして、仕事が落ち着いたら2人でお祝いを兼ねて改めてデートをする約束で、それが今日だったのだ。 紅葉は楽しみにしていた分、あまりのタイミングの悪さにショックを受けている様子だ。 最近は体調を崩すことも少なかったので身体も辛いが、凪に申し訳ないと謝る。 「疲れも出たんだろうな…。 ってか、逆に今日で良かったって。 お前が熱あるのに仕事行かなきゃだったら気が気じゃねーし…。 デートは急ぐ必要ないだろ? もう誰に見られてもいい訳だしさ。 紅葉の体調が治ったらどこでも行きたい所に行こう。 俺も今日は家で出来る仕事して、どっかスケジュール空けれるように調整してみるから…。」 そう言ってポンっと頭を撫でてくれる優しい凪に紅葉は涙を拭いながら頷いた。 「ありがと…っ。 治らないとチュー出来ないから早く治すね。熱のせいかな…とっても眠いよ…。」 布団で顔を半分隠しながらそう告げる紅葉。 凪は笑いながら前髪にキスを落とした。 「ん。 …寝てな。 …後でプリン作ってやるから。」 紅葉を寝かせると階段を降りてリビングへ向かう凪。 はぁ…と、ため息が出てしまったのは凪も激務の合間の休日デートを楽しみにしていたからだ。 「…切り替えよ。 んと、何食わせるかな…。」 メニューを病人食に変えなければと考えた凪は冷蔵庫のストックが少なく頭を悩ませていた。 そこへ来客を知らせるチャイムが鳴った。 インターフォンの画面にはみなと愛樹の姿。 まだ部屋着だったが、今更気を遣う相手ではないのですぐに玄関へ向かう凪と、尻尾を振ってついてくる平九郎と梅。 「おはよ。 ヨガ行く間、紅葉に愛樹を見ててもらう約束してたんだけど…」 「あー…、言ってたね。 紅葉、風邪ひいてさ…寝てる。」 「あ、そうだったんだ? じゃあ…」 そのまま引き返そうとするみなを凪は止めた。 「あ、いいよ。 俺も休みだし、預かる。 ゆっくりしてくれば? あ、愛樹…買い物連れてってもいい?」 「ありがとう。 うん、買い物…大変かもだけど…任せるよ。」 愛樹と荷物を受け取った凪は一度部屋に戻り、紅葉が眠っているのをそっと確認すると着替えてから愛樹とスーパーへ向かった。 自宅ガレージには光輝が用意してくれた予備のチャイルドシートが置いてあるので車での外出も可能なのだ。 しかし、店に着いて、みなに大変かもと言われた理由がすぐに分かった。 少し前までは大人しく幼児用カートに乗ってくれていた愛樹は店内を歩きたがり、頑なにカートを拒否。 仕方なく手を繋いで歩き、時に逃げ出す彼女を捕まえて抱っこしつつ、片手でカートを押しながらの買い物はなかなかハードだった。 紅葉が一緒ならもう少しスムーズに買い物出来たかもしれないが、男2人で幼児を連れての買い物はそれなりに目立つだろう。 「自分たちの覚悟だけで乗り切れるもんなのかね…。」 凪は小声で呟きながら自問していた。 帰省したらドラムの先輩であり、紅葉の末の弟と妹を養子として育てている翔に相談するつもりだ。 「愛樹ー、元気過ぎだって。 帰る前に休憩させて。」 自販機で買ったコーヒー飲みながら店の裏のちょっとした広場で愛樹を遊ばせてると着信があった。 「ゆーじ? 何?」 いつもはLINEのメッセージだが、電話は珍しい。 「凪ー!お願い教えてっ! 男同士で…!デート…ってどこ行けばいーの?」 「は…っ?」 電話の内容は意外な相談だった。

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