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第207話(3月)(1) ※微R18

3月… 「ヤベェ……、寝坊した…っ!」 成田から実家のある京都まで移動した翌朝。 凪は厨房で朝食の支度を手伝うつもりでいたのだが、長距離移動でさすがに疲れてたらしく、いつの間にか眠っていたようだ。 起きたらもう朝食準備の時間に入っていた。 「んんー…っ? ごはん…?」 「…はは…っ! まだ寝てていーよ。」 隣で眠る紅葉にそう告げると額に口付けてそっとベッドを出ると、急いでバスルームへ向かう凪。 ひんやりとした浴室をシャワーで温めながら服を脱ぎ、熱めのお湯を浴びながらふと昨日を振り返る。 移動は大変だったが、景色を楽しみながらの運転は苦ではない。 いつも助手席の紅葉と音楽を聴きながら「このバンドの新曲良いね!」とか「そういえばあのLIVEHouse改装したらしいよ」とかのんびりといろんな話をするのだ。 途中SAで買い物や食事を楽しみつつ交代で運転をして、そういえば久々に2人きりだなと改めて気付いた。 広々としたドッグランで有名なSAでは愛犬たちと遊び、ちょっと休憩…とベンチに腰を下ろし、みんなして春を感じる暖かな日差しの中でついうとうとしてしまった。 気付いたら2時間も経っていて2人とも驚いて何度も時間を確認し、笑い合った。 「ありえねぇ…外だぞ?無防備に寝過ぎ(笑) あ、紅葉…日焼けしてない?」 「日焼け止め塗ってきたから大丈夫! はぁー! ポカポカして気持ち良かったねー!」 凪は誰かに写真を撮られて晒されたりしないだろうかと気になりつつも穏やかな一時に小さな幸せを感じていた。 「コーヒーと…あっ、なんか甘いおやつが欲しいなぁ。スコーンとか…クッキーあるかなぁ?」 「えー…?お前ボロボロ溢すじゃん…(苦笑)」 「そんなことないよっ! ねー、平ちゃん!」 「…あのワゴン…クレープって書いてないか?」 「っ!!クレープだっ! 凪っ!行くよっ!!」 田舎育ちの紅葉の視力は両眼共に1.5だ。 早く!と、凪の服の裾を引っ張りながら目を輝かせる紅葉を見て笑う凪。 「分かった、行くから…(笑) ってか平九郎と梅も何か欲しいってさ。」 「ふふ…、おやつって聞いてた? わぁ、いい匂いもしてきた~! 平ちゃんと梅ちゃんもたくさん遊んだからお腹すいたよね。おやつあげるね!」 「あ、紅葉ー…後で家に予定より遅れるって連絡入れといてくれる?」 「うん、分かったー! さっきまで暖かかったのになんかちょっとひんやりしてきたね。」 「ん…。」 紅葉の言葉を聞き、持っていたジャケットを肩にかけてやり手を差し出す凪。 「…!ふふ…。あったかーい!」 手を繋ぎながら並んで歩き、季節の移り変わりを肌で感じる。 「あ…。」 クレープを食べる紅葉がふと呟き、ジャケットの襟元に視線を落とす。 「…? クリーム!付いてるし…っ!(苦笑)」 「ごめーん!」 お約束のように凪のジャケットにクリームが溢れたが、もちろん喧嘩にはならず… 2人は笑い合う。 食べ終わると車へ移動し、凪は愛犬たちを先に乗せる。 「綺麗に拭いた!ベトベトも落ちたよー!」 ウェットティッシュで汚れを拭いた紅葉が凪にジャケットを渡すが… 「えー…んー、匂いが甘い…(苦笑)」 「…ごめんね。 ねぇ…キスしたら許してくれる?」 「…許すかどうかを考えまーす。」 「えー?」 車のドアの陰に隠れてチュっと口付ける紅葉。 「どう?」 「……いや、だから甘い…!(苦笑)」 「あ……っ! ふ…っ、あはは…っ!」 予定を遅れて、凪の実家へ着いたのは日付が替わる前だった。 実家の愛犬小麦の産んだ子犬に癒され、上質な温泉に大満足の紅葉は部屋で鼻歌を唄うほどだ。 サチと翔を見送った時は寂しさでいっぱいだった表情も今は穏やかで、ホッとする凪。 紅葉には出来るだけ笑っていて欲しい。 そんな綺麗事のような考えの一方、思えば久々の2人きりの夜だと下心が凪の頭の中で囁く…。 「紅葉…」 「何ー?」 貸し切り風呂では疲れと眠気…それに露天の寒さが勝っていて何もなかったのだが、このタイミングでベッドを指指して誘えば少し戸惑いながらも紅葉は手を取ってくれた。

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