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第212話(3月)(6)

「大変だったわね。 寒かったでしょう…! 荷物置いた子から大広間で休んで。 ポットに温かいお茶が入ってるから欲しい子は自由に飲んでね。 やけどしないように気をつけて。 あっ、…お手洗いはここの左奥よ。」 早苗は疲れきった様子の中学生たちを安心させるように優しく声をかけていく。 支配人である正の計らいで大広間には中学生向けに流行りの曲がBGMで流れている。LINKSやLIT Jの曲もあり、暖かな場所と音楽で彼らの表情も少しずつ穏やかになっていった。何人かは凪の実家なのではと気付く子もいたが、騒ぐことなくみんなお行儀よく協力してくれている。 「バドミントン部なのね。 試合どうだったー? お腹空いたでしょう? もうすぐご飯だからね。」 まるで彼らの母親のように寄り添う早苗は優しかった。 テキパキと早苗や仲居たちが支度をしていると、中学生たちも準備を手伝ってくれた。 「カレーだ…! いい匂い!」 「めっちゃ腹減ったー!」 「うわ!目玉焼きまで乗ってんじゃん! ヤバっ!最高!」 誤発注した卵はここで活用されたらしく、配膳に顔を出した調理スタッフの久保は嬉しそうだった。 キツイ仕事と、パワハラ気味の上司…仕事のやりがいを見失いかけていた彼は料理人として自信と笑顔を取り戻していた。 「コレはクボさんが間違えた、たくさんの卵です。おかげさま。」 「ちょっとヤムさんっ!(苦笑)」 「たくさん食べて。おかわりありますよ。 みなさんどうぞ。 タダのカレー、本場のカレーより美味しいよ!」 「ねぇダンさんー!…なんかそれ誤解されない?…(苦笑)」 スタッフの笑顔にみんなも連れて笑う。 その様子をこっそり見ていた凪は目立たないように裏方の仕事を手伝いに行く。 「えっと、ここのお部屋はあと3組…! あ!お義父さん!ダメだよ、お布団持ったら!また腰やっちゃったら大変だから!」 「父さんは大人しくフロントか売店にいて!」 「あ…でも今近所の旅館から布団届いて…」 「これでしょ?あとは俺らで運ぶから…」 正が紅葉と義に制止されていると、布団2組をまとめて抱えてきた凪。 紅葉はパッと明るい表情を見せる。 「凪…っ!」 「お疲れ紅葉。 ここでいい?」 「うん!ありがとうー! 敷くのはやってもらうから置いとくだけでいいって。よし、シーツもあるね。」 「ん。了解。あとは…離れ? あー、キャンセルで空いたのか。 まだ雪降ってるからビニールシートとかでカバーして運ぶ…?義くんビニールシートあるー? 俺布団持つから、紅葉はシーツと枕、アメニティ運んで?」 「大丈夫だよ。」 「…あんまり張り切ってると腕上がらなくなるぞ。明日、スタジオ行ってヴァイオリン弾くんだろ?」 「…うん、わかった。 ありがとう。」 息ぴったりで作業を進めていく2人。 大変だが、なんだか楽しいと感じていた。 この日は宿泊客もみな協力的で優しかった。 「私、昨年まで高校の養護教諭だったんです。定年で…今日は家族旅行に。 何かお手伝いさせて下さい。」 売店でお菓子を爆買いしにきた強面の男性はこどもの声の騒音に文句を言うのかと内心ヒヤヒヤしていた正に「これはあの中学生たちにあげてくれ。」とだけ言って部屋へ戻って行った。 最初入浴の予定はなかったのだが、冷えきった身体を温めるべきだと早苗が訴え、順番に温泉に入ってもらった。 「宿泊のお客様でゆっくり入浴されたい方は本日は無料で貸し切りのお風呂もご利用いただけます。」 凪は自身が予約していた貸し切り風呂も譲り、布団を運び終わると休む間もなく厨房の後片付けへ向かった。 「終わったー!」 「終わったわねー。みんな眠る頃ね。」 「みんなありがとう。 お疲れ様ー!」 「お疲れ様。 本当にありがとうございました!」 正から差し出されたビールを受け取り、4人で乾杯した。 慌ただしく、とても忙しくて大変だったが、不思議と疲労感よりも優しい気持ちと充実感に満たされている…。 「こういう時の団結力って日本人ならではだよね。素敵…!」 こたつの温もりのせいか、疲れもありテーブルに臥せた紅葉は眠そうにそう呟いた。 「…ふふ…。紅葉くんもすっかり日本人よ。」 早苗は紅葉の前髪を指でよけると優しい声でそう告げたのだった。 翌朝… 睡眠というには短い、仮眠をとった凪は朝食の仕込みのため厨房に入っていた。 宿泊客優先で支度を始めつつ、とりあえず米は多めに炊くことにして中学生たちの朝食をどう準備するか業務用冷蔵庫の中を眺める。 「あー…どうするかなぁ…。」 そこへ現れたのは… 繁忙期にお世話になっているパートのおばさま方だった。 「おはようございます。 中学生の朝食は私たちにお任せ下さい。 おにぎりとお味噌汁、それに卵がたくさんあるとか?玉子焼きも8時までに作ります。 ウインナー、ベーコン、ポテトサラダ、牛乳を近隣のお宿さんでバイキングやってるとこから用意してもらえるので…今副支配人が引き取りに行ってくれてます。」 雪の翌日、朝5時半に駆けつけてくれるとはなんとも心強い。 「…おはようございます…。 了解です。皆さんありがとうございます。 あー…米は準備済みで…、味噌汁はこっちでまとめて作りますんで、おにぎりと玉子焼きお願いします。 あ、おにぎり用に鮭…回しますね。 あとフルーツ缶なら余裕あるんで、良かったら使って下さい。」 「じゃあフルーツポンチにしましょうか。」 「こどもは好きだもんねー。」 「会場は会議室の繋げて準備するって! 機材も借りてくれるみたいだから温かいお料理を提供出来るわ。 …あら、こんな時にあの人(料理長)いないのね?そう…。 凪坊っちゃんが代理? 心強いわー!」 「はは…、坊っちゃんは勘弁して下さい(苦笑)」 「こんなイケメンと働けるなんてありがたいわー!早起きした甲斐がある!」 凪はキャラの強いおばさま方に圧倒されながら、でも安心して作業に集中することが出来た。

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