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第213話(3月)(7)

順調に朝食の提供が終わり、「いいからいいから」と、片付けまで引き受けてくれた彼女たち(パートのおばさま方)には感謝しかない。 今日はこれから大阪へ出て、音楽スタジオで仕事があるのだ。 時間があればドラムの練習もしたいが、まずはスタジオ運営にあたっての施設設備や機材の説明をお願いしている。大阪か京都にLINKSプロデュースのスタジオを創る夢は少しずつだが、実現に向けて着実に動き出している。 「これ!朝ごはん! 紅葉くんと食べて。」 「あ…、すみません。 ありがとうございます。 いただきます。」 「頑張って!みんなで応援してるからね!」 暖かい声に凪は再度お礼を伝え、紅葉を探す。 ロビーに出ると、姿を見つけるより先に美しい旋律が聴こえてきた。 中学生や宿泊客に囲まれていたのは紅葉。 旅館の作務衣のままヴァイオリンを奏でる姿はなかなか珍しくて、寝癖もついたままだし、その意外性に思わず笑ってしまいそうになる。 でも奏でる音色は暖かく、優しさに包まれていて、誰もがその世界に引き込まれていた。 凪もしばし紅葉の音楽に浸り、心身を落ち着かせる。 彼の音楽を守るためなら何だって出来る…、改めてそう感じていた。 たくさんの拍手の中、照れた笑顔を見せる紅葉に手を差し出す凪。 キャーキャーと声が上がり、かなり注目されたが、2人は堂々としていた。 「凪…っ!」 「朝から演奏会? 大盛況だな。」 「ふふ…。でしょー?なんてね。 あ、もう時間?」 「ん。着替えたら行ける?」 「うん!」 みんなに見送られてロビーを後にする2人。 夜のうちに雪は止んで、通行止めも間も無く解除され、中学生たちは無事に帰宅出来るようだ。歩きながら紅葉から説明を受けた凪はホッとしていた。 車内で朝ごはんを食べ、紅葉はヴァイオリンとベース両方を持ってとあるスタジオを訪れた。 凪はLIT Jの練習で一般のスタジオを利用することもあるが、紅葉は自宅の練習部屋かLINKSスタジオしか利用していなかったので、なんだか不思議な感じがしていた。 「だいたいこんな感じで…うちは建物自体は古いですけど、機材はけっこう拘ってて…」 「Aスタが一番新しいですよね?」 「そうですね。広さもあって。 だから値段もちょっと高めで…」 「でも音の響き方が綺麗なのはこっち(Cスタ)だった。」 紅葉の指摘にオーナーは驚く。 「…そう、なんですよ。 はは…!さすがですね。 何て言うか…多分バランスがいいのはCだと思いますね。」 「…なるほど。 もし宜しければ図面とかって見せてもらえますか?」 「あ、はい。ちょっとお待ち下さいね。 どこやったかなぁ…」 オーナーが事務所へと向かい、2人はロビーで待つ。喉が渇いたと凪は自販機へ向かった。 「…ウソだろ…! LINKSだっ!」 「は…?なんでいるん?」 そこへスタジオにやってきたアマチュアのバンドマンは2人の姿を見て固まる。 「こんにちはー。 練習ですかー? 僕たちは見学です!」 紅葉は人懐っこく話しかけ、更に驚かせたようだ。 「う、ぁ! はい…」 「…マジか…。しゃべった!」 「悪い、資料取りに行ってもらってるからちょっと待ってて。あ、なんか飲む?」 「いえ、そんな!」 「あ、僕コーラ!」 ちゃっかり自分の希望を伝える紅葉。 「ん。…君は?何?」 「えっ…」 遠慮する彼らに代わって紅葉が自販機に駆け付けると適当にボタンを押してジュースを渡している。 凪はタイミングを見てスマホを自販機に当てているだけだ。 「わ…!凪っ!当たりっ! 当たったー! すごいよ!見てっ!」 急にピカピカ光る自販機に大喜びで盛り上がる紅葉。 「あ?今時そんなんあるの?」 「わーい!昨日からついてるね!」 「…さすがにこれは1本だけだよな?(苦笑)」 昨日の今日で警戒する凪だった。 「お兄さんたちは地元の方? 学生さん?」 「はい。 こっちは大学生で…、俺は専門行ってます。」 「そうなんだ! あの………この辺で美味しいたこ焼き屋さん知ってる?」 「紅葉…!(苦笑) そこはまず背中のベース指差して"何使ってるの?"だろ(笑)」 「あ、ごめんー。 お腹空いちゃって…(苦笑)」 「はは…っ!あ、自分たこ焼き屋でバイトしてるんで、良かったら…これ…」 「えっ?!そーなの? わー、ありがとう。クーポンもらった!」 フランクな2人に彼らの緊張も少しは解けたようで、みんなで飲み物を飲みながら談笑した。 そして偶然にもCスタを予約していた彼らの練習を見学させてもらう。 その後、他のスタジオの練習も見学させてもらい、いろいろと得るものは多かった。 「全部Cスタの作りがいいのかなと思ったけど、そういう訳でもない? お部屋毎に違いがある方が良い気がするよ。」 「…だな。」 「参考になりましたか?」 「とっても。ありがとうございました!」 「…因みに練習されて行きますか?」 「空いてたらちょっと…。 予約してないけど、直接でも支払えます? ちゃんと料金払うんで(笑)」 「大丈夫ですよ。 あ、今ね予約システムさえ入れたら支払いまでめっちゃラクなんで。 今日は料金の代わりに見学させて下さい。」 「あ、そーいう支払い方もあり…?(苦笑) え、…みんな?」 「それは緊張しちゃうねー?(苦笑)」 いつの間にか増えているギャラリーの多さに戸惑いつつも、2人は練習することにした。

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