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第214話(3月)(8)※微R18

凪のセットはスタッフに手伝ってもらい、スネアやペダルだけ自前のものに変え、細かな位置を調整していく。 隣で紅葉も準備を進める。 と、言っても練習ではほとんどエフェクターは使わないし、自分の耳だけでチューニングが出来る紅葉はストレッチ体操をしながら凪を見ているのだ。 「お待たせ紅葉…。 じゃあ…宜しく。」 「うん!」 拳と視線を合わせた2人は何故かジャンケンをした。 凪のカウントからアドリブでの演奏が始まり、細やかな複雑なリズムが響く。 音と展開を一瞬で理解した紅葉は「うーん」と考えながらも音を入れていく。 まるで掛け合いのように凪の主張するプレイの時は紅葉のベースは控え目になり、次は交代。紅葉がメインとなるフレーズを弾き、凪は抑え目の演奏でそれを支える。 視線を合わせて奏で、山場は互いに譲らず、力強く複雑なテクニックを組み合わせた激しい演奏へ…。 見学をしていた人たちは2人の圧巻の演奏に言葉もなく震え、これがプロの演奏なのかと笑うしかなかった。 「…よしっ!」 「イエーイっ!」 パンっ! とハイタッチした2人は満足そうな笑顔。 「え、すみませんこれは何ですか? オリジナルの練習曲?」 「いや即興のアドリブ。」 「遊びだよー。 楽しかったー!」 疲れも寝不足も吹き飛ぶくらい、2人にとって大事な時間なのだ。 圧巻の演奏と2人の世界観に驚くギャラリー… 「なんつーハイレベルな遊び…!(苦笑)」 「最初はある程度流れ決めてやってたんだけど、最近はまぁこんな感じ。いつもだとこの後がほんとの練習…(苦笑)」 「うん。ジャンケンで決めたでしょ? 先攻の人に合わせて、でも負けずに煽るの!(笑)」 「喧嘩みたいに言うなー(苦笑)」 「それだけで…」 「録音とか録画して"2回目のタッチ良かったね"とか話ながら展開考えたりしてるうちに、曲になったり…ならなかったり…。既存曲の練習とかメンバーいればコピーとかもやるけどね。」 「楽しいのが一番!」 因みに楽しすぎて何時間も続くこともあると聞かされたギャラリーのみんなは顔をひきつらせていた。 「ストリーミング上位をとるミュージシャンだもんな。そりゃあスゲー曲もうまれるわけだよ…。 でもこんなんずっとやってたら倒れる…!」 心身共に鍛えられそうだが、体力的に厳しく身体を壊す方が可能性は高そうだった…。 「プロって大変だな…。」 「まぁ、好きでやってるからね。」 「練習が、終わったらっ、たこ焼きー!」 「……あれは聞かなかったことにして?(苦笑)」 変なリズムでそう口ずさむ紅葉はご機嫌だった。 その後、ギャラリー抜きの2人で1時間ほど練習をして、飲食店街へ出た。 教えてもらったたこ焼き屋さんにはイートインスペースもあり、なるべく目立たないよう端っこに座った2人は出来立てを頬張る。 「あち…っ! …けど…、おいしーっ! んー…、これお土産にしたらペタってなっちゃう?」 「だろうな…。」 「そっかー…。 ってか、やっぱりチーズ入りも食べよっかな?」 「…どうぞ(笑)」 紅葉の食欲に凪が苦笑していると、珍しく懐かしい呼び名で呼ばれた。 「…もみっち…?」 「……っ!むぅんぐん?!」 モグモグとたこ焼きを食べながら喋ろうとする紅葉を止める凪。 「…落ち着け。友達? …ぁー…、久しぶり?」 ペコリと凪に会釈した青年は凪も面識があった。 「…っん。…歩夢(あゆむ)くんっ! わー!久しぶりっ! プラハから帰ってたの?」 「久しぶりー! うん。映画のオケのオーディション受けに…! もみっち元気そうだね!バンドもすごいし!さっき大きな看板見てビックリしちゃったよ!写メ撮ったよ!見る? あ!ってか、プラハでもみっちのお兄さんに会ったんだよ(笑)」 「えー?そうなのー?珊瑚と?」 「…紅葉、せっかくだし、食べながら座って話したら? …時間へーき?」 「あ、はい…。」 「…いいの?」 「ん。 俺、車でちょっと仮眠してていい? 16時くらいに出るから…」 下準備は任せてきているが、夕食のピークに間に合うように戻らなくてはいけない。 「分かった!ありがと、凪。」 「ありがとうございます。 あ、車のとこまで送って行くので!」 「…おー、頼むね。 じゃあごゆっくり。」 凪が気をきかせてくれて、久しぶりに音大時代の友達とたこ焼きを食べながらお喋りを楽しんだ紅葉。良いリフレッシュになったようだ。 夜… 義の計らいで今日改めて予約されていた貸し切り露天風呂で紅葉は凪に改めてお礼を伝える。その声も嬉しそうに弾んでいた。 「急なんだけど、歩夢くんが明日の卒園式での演奏会手伝ってくれることになったんだ! それで…予定より早めに出てスタジオで練習したいんだけど…」 紅葉は今回の帰省中、大阪の幼稚園の卒業式にもゲストで呼ばれていて、プチ演奏会をやるのだ。その話をしたら参加したいと友人の方からお願いされ、先方の了承も得られたので明日は楽しい演出と演奏会が出来そうだ。 「オーディション前って言ってたのに…いい奴だな。 了解。時間は大丈夫だから、送ってく。 良かったな。」 「ありがとう。 昨日も今日も忙しかったけど、とっても充実してたね…! 明日も楽しみ…!」 紅葉の笑顔を見て凪も頷く。 そして夜空を見上げる紅葉の唇にそっと口付けた。 お風呂に浸かり、くっついて、キスした。 先日のコトがあったのでホントにただそれだけだったが、身体の疲れ以上に心が癒された夜だった。

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