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第215話(3月)(9)

それから… 料理長の休暇も終わり、こちらでの仕事も無事に終えた凪と紅葉。 明日東京へ戻るため、お土産や荷物の整理をしている時だった。 「え…っ?! な、…?」 3日前、幼稚園の卒園式で一緒にヴァイオリンを演奏したばかりだ。 音大の時代の友人で、同じヴァイオリニストのライバルでもあった…歩夢の突然の訃報に紅葉は言葉もなくスマホを片手に立ち尽くした。 何故? 嘘だよね? そんな言葉しか浮かんでこなくて…、でも声にならず…異変を察した早苗が電話を代わるまで動けずにいたのだ。 早苗は驚きつつも、紅葉の代わりに話を聞いてくれて、すぐに厨房にいた凪を呼んでくれた。 連絡は彼のお姉さんからで、練習帰りに交通事故にあったそうだ…。ネットのニュースでも名前を確認した凪は紅葉のもとへ急いだ。 「紅葉…!」 「凪…っ! ウソ…だよね? だって、…会ったばっかりだよ?! 一緒にキラキラ星弾いて…っ! たこ焼きだって…!一緒に食べたし! オーディション受かったらお祝いに、 今度みんなでタコパしようって…約束したんだよ?!」 「紅葉…っ!」 現実を受け入れられず、取り乱す紅葉を凪は半ば無理矢理抱き締めて、その胸の中に閉じ込めた。 いつの間にか平九郎と梅もやってきて、なんでと繰り返しながら泣く紅葉にずっと側に寄り添っていた。 翌日…ご家族のご厚意で対面の機会をもらった紅葉は凪に付き添われて彼の実家を訪れていた。 情けないが、まるで夢の中にいるようで凪に支えてもらわないとふらふらして歩けないのだ。 目の前の棺に横たわる友人を前にしてもまだ彼が亡くなったことが信じられなかった。 昨年…祖母が亡くなった報せの時もショックだったし、対面した時は悲しく辛かった。 でも祖父母の年齢は理解していて正直いつかは…と分かっていたので、時間はかかったが受け入れるのとが出来たのだ。 その時とは違い今回は… 本当に突然のことで、ましてや同級生… あまりにも早く急な別れに気持ちが追い付かない…! 「歩夢く…っ!」 思わず駆け寄ってふいに触れた指先が冷たくて怖くなった。まるで眠っているような表情なのに いつもヴァイオリンを弾いていた彼の指はもう動かない…。 やがて涙が溢れていくばかりの紅葉に彼の母親が声をかけてくれた。 隣には歩夢の弟だろう、まだ小さな男の子の姿…。 そうだ、歩夢とは兄弟の話もよくしていたな…。 紅葉はぼんやりそんなことも思い出していた。 「紅葉くん、ありがとうね…。 この子、プラハで苦労しとったみたいで…周り上手い子ばっかでついていくの必死だって…言ってたんよ。電話しても疲れた声しててね。 でもこの前の、紅葉くんと幼稚園で演奏したのが楽しかったって言ってたんよ。 帰ってきてからこの子(弟)にも弾いて聴かせたりね…、久々に歩夢のあんな笑顔見れて…! だから…ありがとうね。」 泣きながら必死にお礼を伝える彼女の言葉に紅葉は嗚咽混じりに泣き続けた。 その時… 父親らしき男性の声が響いた。 「めぐみ…っ! 待ちなさい! どこへ行くんだ!こんな時に!」 「どこって…スタジオよ。練習…! オーディションまで時間がないの。」 「何言ってるんだ! 歩夢が…!弟が…! そんな時に練習? オーディション?」 「そうよ…。 でも歩夢と約束したの…。 一緒にオーディション受かって、一緒のオケで演奏しようって。映画のクレジットに姉弟で名前出たらすごいよねって。 私の、名前だけでも…!じゃないと2人の約束もなかったことになっちゃうじゃない!」 確か、歩夢から2つ上の姉がいて、プロのヴィオラ奏者だと聞いていた。 涙ながらに叫ぶ彼女の言葉に紅葉は息を飲んだ。 「……っ! …!」 「ヴァイオリンは、無事だったんよ…。 歩夢が庇ったのかね…。 …ヴァイオリンだけ残ってもねぇ…っ」 涙声で静かに歩夢の母が告げた。 「…紅葉…?」 紅葉は棺の隣に置かれた彼のヴァイオリンに手を伸ばす。弾いてみないと分からないが、少なくても見た目的には無事なようだ。 「……ヴァイオリンは、生きてます。 例え主を喪っても、楽器は後世に受け継がれるんだよって僕のお父さんが言ってた…! あの…っ 歩夢くんのヴァイオリンを僕に貸して下さい…っ! お願いします!」 「え…っ?」 「紅葉…っ、お前まさか……っ?!」 紅葉の考えを察した凪は驚きの声をあげた。 でも涙を拭いて話始めた紅葉の顔はもう決意を固めているのが分かった。 紅葉はゆっくり、言葉を選びながら伝える。 「微々たる実績とちょっとだけコネもあるから、オーディションを受ける。 歩夢くんの代わりに…。 僕が、彼のヴァイオリンと彼とお姉さんの夢を繋ぎます。 歩夢くんの名前は…残せないかもしれないけど、歩夢くんのヴァイオリンの音を残すことだったら出来るかもしれない。そんなの誰も分からないようなことかもしれないけど…っ!でも…! ちょっとでも歩夢くんの夢を…叶えたことにならないですか…? だから…、歩夢くんのヴァイオリンを貸して下さい!」 頭を下げる紅葉に歩夢の姉めぐみが聞いた。 「……本気? もう1週間しかないのよ?」 「やる。…練習する。」 「……でも、仕事は? バンドがあるでしょ? そっちが本業なんだよね?」 紅葉の覚悟を確かめるように彼女は続けた、凪は間に入る。 「…紅葉はどっちも本気でやってるし、ちゃんと両立させてる…! …心配すんな。光輝も他のメンバーも分かってくれる。オーディションの件も光輝がなんとかする。 別に合格させろって言うわけじゃねーんだし、受けるくらい出来るだろ。」 「凪…! ごめんなさい…勝手に…!」 「いいよ。…大丈夫。 お前ならやれる。」 多くを語らなくても、もう紅葉のことは分かっている。凪は支えとなり、応援すると約束してくれた。 「…うん!ありがとう…。 お姉さん…っ、僕にやらせて下さい。」

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