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第229話(6月)(9)

翌日 早朝 愛犬の散歩に出た2人… 「凪っ! リス!リス…かな? リスみたいなのいた!」 「あ?どこ…?」 まだ眠そうな凪が欠伸を繰り返していると、隣を歩く紅葉が興奮気味で袖を引っ張ってきた。 「あっち!あの大きい木の横のとこ…!」 「……え?見えな… 紅葉、視力いいよな…(苦笑)」 「この前の健康診断で両目1.5だった!」 誇らしげな紅葉。 今朝も早い時間に目覚め、スマホで音楽を聞いていたようだ。朝からご機嫌だ。 「マジ?(苦笑) お。紫陽花…?すげー咲いてるじゃん。」 都内では暑さのせいかあっという間に枯れてしまった紫陽花もこちらでは見頃のようだ。 朝露に濡れた紫陽花が朝日を浴びていて美しい。 「ホントだ! わー!こっちも! すごいね!」 「毎年のように見に行きたいって言ってたけど、結局今年も行けてなかったから良かったな。」 鎌倉など有名所は激混みだというニュースを見ていつも断念していたのだ。 「うん!綺麗だねぇ…! せっかくだから写真撮ろー! …あ、スマホ充電してて持ってきてない…! 凪……!」 「あるよ。」 2人で撮って、平九郎と梅も撮り、でも4人でのショットは難しかった。 「平ちゃんしっぽしか映ってないよ…(苦笑)」 「梅も半分だ(笑) またリベンジしよ。 お。なんかいい感じの階段じゃん。」 「すごい…! よし!凪!競争しよっ!」 「マジか(笑) …いいよ?そのかわり負けたらジュース奢りな?」 目の前にそびえ立つ階段(80段程)を駆け上がり競い合う2人とその後を追う2頭… 都内より涼しいこの地では愛犬たちも過ごしやすそうで、足取りも軽やかだ。 「わー…! 風が…気持ちいい…! いい音…!」 結局凪が勝って、でも勝敗以上に笑い合いながら楽しんだ。昨夜の影響もなく紅葉も元気そうだ。 辿り着いた頂上は景色の良い高台になっていて、風が吹き抜け、緑と朝焼けの香りがする。 とても心地好いので木陰で少し休憩することにした。 木々の葉が揺れ、小鳥の囀ずりが重なり合う…自然の音に紅葉は静かに目を閉じて何かを考えているようだ。 湿度はこちらの方が高いだろうが、故郷を感じているのかもしれない。 凪はそっと紅葉と指先を繋いだ。 いい雰囲気だし、誰もいないからキスでもしようかなと思っていると、紅葉がパッと顔を上げた。 「…凪ー…! ねぇ、明日はここで朝ごはん食べようよ!」 「…ふ…っ。 いいよ。晴れたらな?」 歩いてお腹がすいたらしい。 朝食をねだる無邪気なパートナーに笑う凪。 「凪…」 「んー?」 「僕……、曲を…、作るよ。」 朝日を浴びて、優しく微笑む紅葉は意思のある声でそう告げた。 「そっか…! ……楽しみにしてる。」 凪はこれから音楽に没頭するであろう最愛のパートナーを全力で支えようと決意した。 それから… LIT JにだけLINKSの事情を話し、フェスやイベントの代替え出演をお願いした。 後輩たちにはメンバーの体調不良によりLINKSの今後の予定は未定と説明した。 凪はLIT Jの練習時間を増やしつつ、1日2回のみんなの食事作りを担当し、空いた時間は後輩たちを誘って(通称 地獄の)階段でトレーニングしたり、紅葉と愛犬たちとのんびり過ごしていた。 誠一はオンラインで光輝と打ち合わせをしつつ、スポンサー対応などを行い、合間に隼斗の宿題をみてあげたり、後輩と飲んだり、星の観測や友人の研究の手伝いなどけっこう忙しそうだ。 紅葉はロッジのオーナーさんの畑や牧場の仕事を手伝ったり(野菜がもらえて助かってる)、隼斗や愛犬たちと遊んだり夏休みらしく過ごしつつ、各バンドの練習を見学させてもらっている。 後輩たちからは遊んでいるだけのように思われがちだが、こうした経験が紅葉らしい音楽に活きることを凪はもちろん誠一も解っている。 LIT Jスタジオ… 「あれかね…、今時の若者たちはこう…ガーって集中して練習する感じではないのかな? なんてゆーか…ギター上手くなるかどうかって自分との闘いじゃん?…え、その考えが古いの?」 「どーかな…。そこそこ弾ければOK? 打ち込みとか音響効果、映像編集の技術は確かにスゲーけどね。誠一と光輝以上の後輩がなかなか出て来ないなー。」 そう愚痴を溢すのはゆーじとサスケのギター組。 演奏技術で言えば飛び抜けて上手いのはLIT Jだ。でも今時の売れる音楽を作れるのは後輩たちなのかもしれない。 LINKSが抜けたフェスの穴を『LIT Jが出るならまぁ…許してあげますよ。 でもLINKSほど時間稼げないですよね?おまけでもうひとバンドくらい出てもいいですよ?でも技術とかいろいろそちらで保証出来るバンド出して下さいね?』という主催者の圧…否、ご好意により、練習に打ち込むLIT J。(やんわり伝えたけどAoiはブチギレ) 後輩バンドはどのバンドを出すかこの合宿を見て決めると昨日伝えたのだが、後輩たちは戦略は練るが練習は増えてない様子でゆーじたちは戸惑っているのだ。 「見学させてくれてありがとうございました! やっぱりLIT Jの音はすごい迫力があってカッコいいです!マツくんのベースラインはめちゃくちゃ勉強になるし、ギターは2人とも派手なのに掛け合いは阿吽の呼吸だし、Aoiくんの歌もすごい刺さりました! あ…さっきのAメロ…僕は最初のパターンが好きです! 練習頑張って下さい! 凪……、またあとでね。」 ペコリとお辞儀をするとスタジオを出る紅葉。 「…俺らに足りないとしたらあぁいうピュアさじゃね?」 「あー…そーだね。」 「ほんといい子だよね。 1アドバイスで20くらい伸びるからもう教えられることないのに…(苦笑)」 ゆーじとサスケ、マツが話す中、Aoiは微々たる違いを指摘されて苦笑していた。 「あの差を気付くか…(苦笑) 大変だな、凪も。」 「頑張りますよ…。 あいつに見合うドラマーでいたいからな。」

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