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第230話(6月)(10)
早速曲作りに入った紅葉は、スタジオに籠っていた。
その日の午後には光輝と愛樹がみなの退院に合わせて東京へ戻り、寂しいのとみなのことが心配なのもあり元気のない紅葉。
しかし、何かに追われるように曲を作っているようで、時折録音した音源を聞いては考え込み、没頭するようにヴァイオリンやベースを弾いては五線譜を書き…という作業を繰り返している。す文字
Ryuに様子を見るように頼むと、録音のアシスタントをした際には泣いていたらしく…
凪はLIT Jのスタジオ練習をしつつも紅葉のことが気掛かりで仕方なかった。
「練習中失礼します!
凪さん…!
紅葉くんが……っ!」
後輩のコタが焦った様子でLIT Jのスタジオに駆け込んできた。
紅葉に何かあったのかと慌ててドラムセットから立ち上がる凪。
「…4スタで寝ちゃってて起きないです…。
すみません…、あの…自分たち次予約入れてて…」
「……。ごめん、すぐ行く。」
コタの言葉に拍子抜けする凪と爆笑するLIT Jメンバーたち。
「さすがー!」
「ねぇ、爆睡なの?!(笑)
誰か動画回してないー?」
凪も思わず苦笑し、マツと目を合わせた。
マツはポンっと凪の肩に手を置いて告げる。
「こっちはけっこう練習出来たし、大丈夫だから紅葉くんに付いててあげて。」
「…悪い…。ありがと。」
こうして紅葉のサポートに回った凪は、情緒不安定気味の紅葉を時を保護すると甘やかし、昼食を与え、水分を与え、近付き過ぎない距離で見守った。
夜…
外はザーっという雨音がロッジの中まで響いている程の大雨。
LINKSの居住棟へ戻った紅葉はこれならミュートを付けなくてもヴァイオリンが弾けそうかなと、凪に曲を聴いてもらうことにした。
「もう出来たのか…?」
驚く凪に紅葉は実は…と説明を加えた。
「前にみなちゃんと遊びながら作ってた曲で…、その時ね…きっとママたちも今の僕たちくらいの年齢の時こうやって演奏したり曲を作ってたよねって話してて…。
絶対、そういう時があったはずなんだ…!
ドイツの実家で、パパとママとみなちゃんのママで過ごしてた時があるから…3人で楽しく音楽を奏でてたと思う。
ママたちの音は残ってないから、自分たちはこの合宿で形にしたいねって話してたんだ。
LINKSスタジオよりここの方がドイツとちょっと似てるし…作ってるうちになんか思い出すかなって。
でもみなちゃん、今歌えないから…僕に託すって…ピアノの音を送ってくれた。
今朝早く聴いてたやつだよ…!
ピアノだけでもすごく素敵でね。
懐かしい気持ちになったんだ…。
みなちゃんは…ママと一緒に弾いた時を思いだしながら演奏してくれたんだと思う…。
その音源に…ヴァイオリンを重ねようと思ったんだけど、もし…ママの音の代わりにベースを入れられたら、もっと近付けるかもしれないって思って…!」
そう告げて、弾いてくれた曲は美しく巧妙なピアノの旋律に寄り添うように優しいラインのベース…そこへまるで導くようなヴァイオリンの音色が重なる…。
繊細で、でも芯のある音は力強く複雑な展開は迷いや葛藤を感じさせつつ、やがてベースラインとリンクし、ピアノと息を合わせ、優しく先を突き進んでいく。
凪は息を飲んだ。
会ったことのない、紅葉の両親と病室の姿しか知らないみなの母親の姿が浮かんだのだ。
録音を頼まれ、スマホを持つ手が震えていた。
時々、紅葉の才能が恐ろしいとさえ感じることがあるが、今回はそこを越えてきている。
一音が感情を揺さぶり、音楽が記憶を繋ぐ…
「紅葉…!」
弾き終わった紅葉を抱き締め、名前を呼ぶ。
亡き両親を辿る曲作りはどれだけツライことだろう…。
「凪……!」
ピアノにヴァイオリンを重ねて録音し、ベースを入れようとしたら上手くいかず、ピアノの音を聴きつつ譜面に起こし、母親を思い出しながらベースを入れていくうちに会いたくて涙が出たそうだ。
そこにヴァイオリンを入れて…
父親を思い出しつつ、でも自分らしい演奏をしたいと試行錯誤しているようだ。
「合宿の見学して思ったのは…
みんな、音楽が好きな気持ちは同じ…ってこと。
でも自分で上手く伝えられなかったり、音楽を続けられなくなる人もいる…。
音楽を遺す意味とか、この曲を託してくれたみなちゃんの気持ちとかいろいろ考えて…ここまで作ったんだけど…。
凪…!
僕は…この曲を形にして遺すのなら…この曲の中に凪もいて欲しい。
…ドラムを入れて下さい。」
「……!」
言葉に詰まる凪に紅葉は続けた。
「僕…、フェスに出たい。
届けたい。
選考ってオーディションみたいなこと?
誰が出てもいいって、光輝くん言ってたんだよね?
僕…、挑戦する…!」
「そう、来たか…!(苦笑)」
「力貸して…!
ロックフェスだから、凪の音が必要…!」
「分かった。」
「……出来れば誠一くんのギターも入れてもらいたい。」
「…起こそう。40時間くらい寝てないって言ってさっき寝たとこだけど、叩き起こすしかねぇ(苦笑)
選考まで時間がねぇし…!
ドラムとギター入れて通しまで出来たら光輝に送って…、音のバランスみてもらわねーと…。
…そんな感じでいい?」
「うん…っ!」
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