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後編

 ルーシェはその日もレインの部屋に呼ばれた。  もう体はぼろぼろだったが、耐えなければならなかった。  レインの待つベッドに行く。 「さっさとこっちに来い」 「⋯⋯はい」  ルーシェはレインに言われ、服を脱いでベッドに上がる。  体は痩せて以前よりも更に細く儚げになっていた。  満足に食事も与えられていないため、顔色も悪く今にも倒れそうだった。  それを見てレインは少しだけ顔を歪める。  ルーシェの顔を見たくなかった。  まるでフェイシアに見られているような気がするのだ。  そしてそれが余計にレインをいらつかせた。  ルーシェの顔が見えないように敷布に押しつけ、後ろからその体を貫く。  くぐもった悲鳴が聞こえた。  レインが腰を動かすたびに繋がった場所から水音がする。  1度精を吐き出しても、レインは動くのをやめなかった。  ルーシェが意識を失ってぐったりすると、レインはようやくルーシェの中から自分のものを引き抜いた。  開いた後孔から自分の吐き出した白濁液が流れ落ちる。  レインはぐったりしているルーシェを仰向けにさせた。  血の気の全くない青い顔が苦痛に歪んだままになっている。  そしてレインはいつもの罪悪感に苛まれた。  何故だ。  ルーシェに対して酷い事をしてはいけないという思いが湧きあがってくる。  それが何故なのかわからず、余計にイライラした。  ルーシェの頬を数回叩いて意識を戻させる。 「う⋯⋯」  ルーシェが目を開けると、レインはまた苦しそうに顔を歪めた。  フェイシアとは似てもいない筈のルーシェに、何故かフェイシアの面影が重なる。  それを振り払うように、レインは再びルーシェを貫いた。 「あっああっ」  仰向けにされたままのルーシェは苦痛に顔を歪め悲鳴をあげる。  ルーシェが再び意識を失うまで、レインは行為をやめなかった。  いつもよりひどい状態のルーシェを見て、リーリアはよほどあの手紙をレインに渡そうかと思った。  リーリアにとっては国王であるレインよりもルーシェのほうが絶対的存在だった。  それでもルーシェは何も言わない。  あの手紙にどんな事が書かれているのかも、何故そこまでしてレインの憎しみを受けとめるのかも。  だからリーリアには口出しできない。  ただ、医者の忠告でルーシェの側を片時も離れなかった。  ディーネを初めて見た医者は、ディーネに何か悪いものを感じたと言う。  それはやがてルーシェを殺すであろうと。  リーリアは、親しい護衛たちに頼んでディーネの事を調べる事にした。      レインのもとには占い師が来ていた。  不吉なものを感じたと言うのだ。  占い師の男はレインを前にして水晶玉を覗き込み、何やら唱えている。  やがて占い師は顔をあげた。 「どうだ?」 「大変言いにくいのですが、やはり破滅の相が現れております」  占い師は苦い顔でそう告げた。  レインは眉をひそめる。 「破滅の相?」 「はい。破滅の相を持つ者が、王のすぐ側にいます。このままだと、王は更なる悲しみに見舞われるでしょう。破滅の相は覇者の相の逆相。覇者の相が運を与えるものならば、破滅の相は運を奪うもの、破滅をもたらすものです」 「俺のすぐ側に?」 「はい。ですが⋯⋯何故でしょう、覇者の相はまだ消えていません」  占い師は不思議そうに水晶を見た。  破滅の相が現れているのに覇者の相が消えていないという事は今までなかったと言う。  レインも首を傾げる。  覇者の相を持つフェイシアはもういない。  では、誰が覇者の相を持っているのだろう。 「ルークか?」 「いえ、王子からは何も感じません」 「ならば、誰だ?」 「その者も王の身近にいるようですが、それ以上はわかりません。もしかしたらその者が、今後の王の支えになるかも知れませんね」 「そうか。ご苦労だったな。下がっていいぞ」 「はい」  レインが労いの言葉をかけると、占い師は頭を下げて出て行った。 「破滅の相と、覇者の相か⋯⋯」  つぶやいて考え込む。  覇者の相を持つのは、もしかしたらディーネかも知れないと思った。  自分の小さな母国を潰さないように色々な事に手を染めていたらしいディーネのしたたかさは、覇者の相が成せる業なのではないか。  しかしそうなるとディーネも短命なのだろうか。  破滅の相。  ルーシェがそうだと言うなら、占い師はもっと早くその事を告げていた筈だ。  ルーシェは破滅の相を持つ者ではない。  だとしたら。  だがディーネが破滅の相を持つのだとしたら、ディーネの母国が先に滅びているだろうと思ったので、破滅の相を持つのはディーネではないだろうと思った。  いくら考えてもわからなかった。  しかし、確実にこのふたつの相を持つ者が自分の身近にいるのだ。  何とかして手を打たないと、更なる悲しみに襲われる事となる。  更なる悲しみ。  それは今のレインにとって、王子ルークを亡くす事だった。  自分と最愛の妻との間に生まれた、妻が生きていた証となるもの。  ルークの護衛を増やそうと考え、レインは部屋を出て行った。  その頃ディーネは、腹心の侍女や護衛を部屋に集め、何やら話し込んでいた。  ディーネは不敵な笑みを浮かべている。  一緒に話し込んでいる侍女も同じ笑みを浮かべていた。  その近くに控える護衛たちは顔色ひとつ変えずにその会話に耳を傾けている。 「ルーク王子が暗殺されても誰も疑問には思いませんわ。前々から暗殺の危険はあるのですから」 「そうね。そして王子が死ねばあの方は私に子供を生ませなければならなくなる。でももうひとりの邪魔者、ルーシェは暗殺の対象にはならないわね。ただの召使いですもの」 「それならば、王に殺させれば良いのです。私にいい考えがありますわ」  侍女はにやりと笑うと、ディーネに何やら耳打ちする。  ディーネはそれを聞いて笑みをこぼした。 「さすがね。あなたは頭がいいわ。そうね、そうすれば王はきっとルーシェを殺すわ。そして王は悲しみの淵に沈むでしょうね」 「そうです。それをディーネ様が慰めて悲しみを癒して差し上げれば、王はディーネ様を愛するようになる筈ですわ」 「そうね。私は王に愛されて見せるわ。その為にあんな事までしたのですから」  ディーネはそう言って、また不敵な笑みを浮かべた。  そしてディーネは、レインにある噂を吹き込んだ。 「何だと!?」  ディーネの計画通り、レインは怒りに顔を歪める。 「護衛の者から聞き出したのです。ルーク王子は、前妃とルーシェの間に生まれたお子ではないかと」  ディーネは済ました顔で言った。  レインはその言葉をにわかには信じられなかった。  しかし。  フェイシアは王子に、ルーシェに似た名前を付けた。  自分でもレインでもなく、ルーシェに似た名前を。  意識して見ると、ルーク王子は瞳のあたりがどことなくルーシェに似ている。  2人がただならぬ雰囲気だったと証言する者もいた。 「本当の事なのか!?」 「信じる信じないはあなたのご自由ですわ。ただの噂ですもの。でも、火のない所に煙は立たないものですわよ」  うろたえて怒鳴るレインに少しもひるまず、ディーネは言う。  レインは部屋を飛び出して行った。  行き先はもちろん、ルーシェのいる地下牢だ。  ディーネは不敵な笑みを浮かべて、その後姿を見送っていた。  突然牢屋に飛び込んで来たレインに、ルーシェは驚いてペンダントを落としてしまった。  そのペンダントを見てレインは目を見開く。 「それは⋯⋯!!」 「こ、これは王妃様が亡くなる時に僕にくださったものです⋯⋯」  ルーシェはペンダントを拾うと、隠すように胸に抱いた。  それがレインの怒りを煽るとは知らずに。 「やはりな。お前とフェイシアはそういう関係だったのか」 「⋯⋯それはどういう意味ですか?」 「お前がフェイシアをたぶらかし、子供を生ませたのだろう!!」  レインはそう怒鳴ると、ルーシェを殴り飛ばした。  口の端から血が滴る。  ルーシェは流れる血を拭う事も忘れ、目を丸くした。 「そ、それは違います!私と王妃様はそんな関係ではありません!」 「どう違うと言うのだ!現にルークは、王子は、お前と面影が似ているではないか!」 「それは思い違いでございます!ルーク王子は間違いなく、陛下と王妃様のお子です!」 「信じられるか!」  レインはルーシェの服を乱暴に引き裂いた。  逃げようと身をよじるルーシェの体を組み敷こうとする。 「あっ、嫌っ、おやめくださいっ」  いつもは拒絶などしないルーシェが今日に限って逃げようとする。  レインは抵抗するルーシェの体をベッドに押さえつけた。  やがてルーシェは抵抗をやめたが、レインの怒りは収まらなかった。  そのままルーシェの首を締める。  ルーシェの顔が苦痛に歪んだ。 「うっ、うぐっ⋯⋯」 「お前など、すぐにでも処刑しておけばよかった!」  レインが更に力を込めようとした時だった。  リーリアが部屋に入って来た。 「陛下!!」  リーリアは叫ぶと、レインをルーシェから引き離そうとしがみついた。 「邪魔だっ!」  レインはリーリアを振り払うと、再びルーシェの喉に手を当てようとする。  その目の前で、細身のナイフが光った。 「何のつもりだ」 「もしこれ以上ルーシェ様に何かすれば、陛下を刺します」  リーリアは憎しみのこもった眼差しでレインを睨む。 「死刑となるのを覚悟の上か?」  レインは口の端を曲げて笑う。  リーリアはレインの問いには答えようとせず、机の引き出しから手紙を取り出した。 「これをお読みください。それでもまだルーシェ様を殺すとおっしゃるのなら、私は死刑覚悟であなたを刺します」  ナイフは構えたまま、レインに手紙を渡す。  レインは一瞬ためらったが、ルーシェから離れて手紙を受け取った。  ルーシェは意識を失い、ぐったりしている。  レインは手紙の文字がフェイシアのものだと気付いて驚愕した。 「この手紙は⋯⋯!」  震える手で、封を切る。   『愛するレインへ。    あなたがこの手紙を読むのは私が死んでから間もない頃でしょう。  そしてこの手紙はルーシェから受け取った物の筈です。  これからここに私が書く事は全て真実だとお思いください。  まず、私が覇者の相を持つ者である事は、おそらくあなたもご存知でしょう。そしてその相を持つ女はみな短命であると言われている事も。  私はもうじき、何らかの形で命を落とすでしょう。  ですから全てを語ります。  私は隣国に領地を持つ貴族の娘でした。そしてルーシェは、私が15の時に、ある皇族の男性に強制された関係の中で生んだ、私の息子なのです。  あの子の素性を隠して私の側においたのは、あの子の父親からあの子を守るための、私の身勝手な判断です。どうかお許しください。  そして、今後もルーシェをあなたの元においてやってください。  あの子はこの国になくてはならない存在です。  とても聡明な子ですから、きっとあなたの補佐役としてお役に立てるでしょう。  もし万が一あの子の父親が現れたら、守ってやってください。  どうか、私と同じようにルーシェを愛してあげてください。  これが私の最後の我侭です。お願いします。    フェイシア』    それを読み終えたレインは、ただ呆然とするだけだった。 「そんな、まさか⋯⋯」  力なくつぶやいて、手紙を取り落とす。  リーリアはそれを拾って読んだ。  そして全てを理解した。 「ルーシェ様はおっしゃってました。この手紙を読めば陛下は悲しみから立ち直れない。そして最愛の妻を死なせた自分を憎む事ができなくなる。逆に愛さなければならなくなるかも知れない、と」  涙で頬を濡らしながら、レインを睨む。 「ルーシェが⋯⋯」  レインは目の前で意識を失っている少年を見つめた。  母親を失った悲しみを押し隠し、あえて自分の憎しみを受けとめてきた体。 「ルーシェ様はこうもおっしゃってました。陛下が自分を憎む事で悲しみから立ち直る事ができるのなら、喜んで憎まれようと。自分はどんな目に遭ってもいいと!」  リーリアは尚も言う。  その目には怒りと憎しみが込められていた。  ルーシェとフェイシアの関係を少しでも疑ったレインに対する怒りと憎しみが。  レインはようやく、自分の中の理解できない感情が何だったのかわかった気がした。  これは憎しみでも怒りでもない。  きっとこれは愛おしさだ。  最愛の妻を死なせた、憎い筈のルーシェに言いようのない愛おしさを感じ、それを認める事ができなかった。  無理やりにでも憎しみという感情に置き換えなければならないほどに。 「ルーシェ様は、陛下の悲しみが少しでも早く癒されるならと、最後まで憎まれるつもりでいらしたのですよ!!」 「⋯⋯医者を、早く呼んでくれ!」  レインは悲痛な叫びを上げた。  リーリアはすぐに地下牢を出て行く。 「そうだ⋯⋯俺はお前を憎みたかったんじゃない、愛したかったんだ」  フェイシアと同じくらいに。  だからフェイシアとルーシェが親密にしているという話を聞いて、嫉妬したのだ。  その嫉妬はどちらに対してだったのか。  何故罪悪感を覚えたのかもわかった気がした。  そして、フェイシアが王子にルーシェと似た名前を付けたのは、ルーシェが父親だからではない。  兄だったからだ。  兄弟で似た名前を付ける事は、この国では珍しい事ではない。  フェイシアはそうする事で、レインに気付かせようとしていたのかも知れない。  ルークとルーシェが兄弟である事を。  ルーシェとフェイシアが重なって見えたのは、2人が親子だったからだ。  ルークとルーシェがどことなく似ているのは兄弟だったからだ。  その事に全く気付かないだけでなく、ルークがフェイシアとルーシェの子ではないかと疑ってしまった自分が許せなかった。  そしてその噂を自分に教えたディーネも。 「許してくれ。死なないでくれ⋯⋯」  レインはルーシェの体を抱き締めた。  ろくに栄養も取っていない体はひどく細かった。  思わず涙がこぼれ落ちた。  唇の端から流れる血を拭ってやる。  そして優しく頬に触れた。 「すまない。許してくれ。俺が愚かだった⋯⋯」  ほどなくして医者が駆け付けた。  ぐったりと死人のように横たわるルーシェを見て青ざめる。 「頼む、助けてやってくれ⋯⋯ルーシェが助かるなら、俺はどんな罰を受けても構わない」  レインは苦しそうにつぶやいた。  医者は何も言わず、ルーシェの手当てを始めた。  一通りの処置が終わると、医者はレインを見る。 「これ以上の事はできません。あとは意識が戻るのを待つだけです。何故王妃様が命を懸けてルーシェ様を助けたのか、おわかりになりましたか?」  医者は静かにそう訊いた。  レインは力なくうなだれて、ゆっくりと頷いた。 「ルーシェには酷い事をしてしまった。罪滅ぼしが、できるだろうか」 「それならばルーシェ様を、王妃様以上に幸せにして差し上げる事ですな。罪よりも深い愛で、ルーシェ様を愛し、守って差し上げる事です」  医者はそう言うと部屋を出て行った。 「いつまでこんな暗い地下牢にルーシェ様をおいておくおつもりですか?」  リーリアが訊く。  レインははっとしてリーリアを見た。  いつもルーシェの世話をしている侍女は、自分よりもルーシェに対して絶対の忠誠を誓っていた。  いつもルーシェの事を一番に考えている。  もともとリーリアは奴隷に落とされそうになっていたところをフェイシアに拾われて侍女になったのだそうだ。  そのためフェイシアには深い恩を感じており、絶対の忠誠を示していた。  ルーシェの素性を知らなかったとはいえ、そんなフェイシアが愛したルーシェに対しても、同じように忠誠を誓っているのだろう。 「俺の部屋に運ぶ。手伝ってくれないか」 「承知しました」  リーリアは頷いた。  そしてルーシェは、レインの寝室に運ばれた。  体を清められ、綺麗な服を着せられて横たわるルーシェは、儚げな美しさを放っていた。  レインは寝る時間を惜しんでルーシェの看病をした。  執務室で仕事をする時以外はルーシェの側を片時も離れようとしない。  かえってレインの体調を心配したリーリアが交替を申し出ても、自分で看病すると言って聞かなかった。  しかしリーリアはその様子を見て安心していた。  もうレインがルーシェを傷つける事はないだろうと感じたからだ。  きっとレインは、ルーシェを誰よりも愛するだろう。  そして問題はディーネだった。  これを知ったらきっとルーシェとルークの暗殺を企てるに違いない。  リーリアは一応、その事をレインに話しておいた。     「なんですって!?」  侍女から話しを聞いたディーネは思わず叫んだ。  レインはルーシェを殺さなかった。  それどころか、自分の部屋に運び自らが看病していると言うのだ。 「どうして!?」 「それが、前妃が王に宛てた手紙をルーシェが持っていたらしいのです」  侍女が説明する。  その手紙には驚くべき真実が書かれていたらしい。  そしてレインは、ルーシェを守ると決めたと言うのだ。 「何てこと⋯⋯!」 「前妃が手紙を残していたのは予想外でした」 「せっかくここまで来たのに!王妃を暗殺してまでこの座を手に入れたのに!地下牢にいる間に毒殺しておくべきだったわ!」  ディーネは頭を抱えた。  随分前からディーネは、この国王の正妃の座を狙っていたのだ。  小国の王族が大国の王族に嫁ぐのは難しい。  そのためシェルード王国の大臣の一部を買収し、自分の腹心を護衛や侍女として以前からこの国に送り、フェイシアの暗殺を企てていた。  フェイシアの暗殺はディーネの指示によるものだったのだ。  その時、突然部屋の扉が開いた。  立っていたのはレインだった。  後ろにはレインの護衛が控えている。 「今の話、全て聞かせてもらったぞ。我が妻を刺客に殺させたのはお前だったのか!」  レインは怒りに震える拳を握り締めていた。  フェイシアを死なせたのはルーシェではない。  目の前にいる後妻のディーネだったのだ。 「!!」  ディーネは驚きに目を丸くした。 「侍女のリーリアが色々と調べてくれていてな。お前が連れて来た護衛に全て話させた」  レインは憎悪に満ちた眼差しでディーネを睨む。  ディーネは悔しそうに歯を食いしばっていた。  ディーネの事はすぐに公にされ、腹心の護衛や侍女たちはそれぞれ処刑された。  買収されていた一部の大臣たちも粛清され、王国は一時混乱した。  小国とはいえ王族であるディーネは死罪は免れるかに思われたが、殺した相手が大国の王妃であったため、やはり処刑された。  その亡骸も母国には返されず、シェルード王国の死刑囚用の共同墓地に埋葬された。      レインは相変わらず目覚めないルーシェの側についていた。  体の傷はもう治っているが、意識だけが戻らない。  既にひと月ほど眠り続けていた。 「ルーシェ⋯⋯頼むから目を開けてくれ。これまで傷つけた罪を償わせてくれ」  ルーシェの髪を優しく梳き、青白い頬に手を当てた。  そして優しく口付けを落とす。  少し冷たく軟らかい唇を舌でなぞっていると、ルーシェの瞼がわずかに震えた。  ゆっくりと瞳が開かれる。  ルーシェの青い瞳がレインの姿を捉えた。  フェイシアと同じ色の瞳が。  その瞳を見てレインは気付いた。  これは覇者の相だ。  ふと、占い師が言った言葉を思い出す。    ─もしかしたらその者が、今後の王の支えになるかも知れませんね─    フェイシアの覇者の相は、息子であるルーシェに受け継がれていたのだ。  占い師が不思議がっていたのは、覇者の相を持つルーシェに気付かなかったからだろう。  そうだったのかとレインは納得した。 「ルーシェ。俺を許してくれ。この罪は一生懸けて償おう。罪よりも深い愛でお前を守ると誓う」  レインは自分を見つめる瞳を真っ直ぐ見据え、そう言う。  そしてレインはルーシェの細い体をしっかりと抱き締めた。 「陛下⋯⋯?」  ルーシェは状況が理解できず、ただ目をぱちぱちさせるだけだった。  レインは何も言わず、ただルーシェを抱き締めている。  しかし、目覚めたばかりのルーシェは何故レインが自分を抱き締めているのか理解できないでいた。  確かレインは自分の首を締めて殺そうとした筈だ。 「陛下⋯⋯何故私は生きているんです⋯⋯?」  ルーシェはおずおずと訊く。  レインはその様子を見て、懐から手紙を取り出した。  フェイシアがルーシェに預けた手紙だ。 「それは⋯⋯!」 「どうしてすぐにこれを見せてくれなかったんだ」 「⋯⋯私は、陛下の最愛の王妃様を死なせた、憎い男です。そんな私が王妃様の息子だと知れば、もしかしたら私を憎めなくなり、陛下の悲しみは癒されないのではと思ったのです」  ルーシェはそう言って顔を背けた。  レインは驚いた顔でルーシェを見つめる。  どうしてルーシェがそこまでする必要があるのか。 「その事はリーリアが言っていたな。だが何故そこまでして自分を犠牲にする?」 「陛下を、愛しているからです⋯⋯王妃様、いえ、母と同じく私も陛下を愛しています」  ルーシェはついに泣き出してしまった。  母のフェイシアがレインを愛するのと同じくらいに、ルーシェもまたレインを愛していたのだ。 「ルーシェ⋯⋯」 「愛する陛下が、悲しむ姿は見たくなかったのです。陛下が悲しみから立ち直れるのなら、私は憎まれてもかまわないと思っ⋯⋯」  ルーシェが言い終わらない内に、レインはその唇を塞いでしまった。  驚きに震える舌を絡めとリ、上顎をなぞる。  しばらくルーシェの口腔内を犯した後、レインはゆっくり唇を離した。 「陛下⋯⋯!?」  ルーシェは目を丸くしてレインを見つめる。 「さっきも言っただろう。お前を傷つけた罪は一生かけて償うと」 「罪なんてとんでもありません。母の手紙を隠していた私こそ⋯⋯」 「それはもう済んだ事だ。悪いのは俺だからな。罪滅ぼしだけじゃない、俺は心からお前を愛してるんだ」 「陛下。そのお言葉だけで充分でございます。陛下にはディーネ様が⋯⋯」  ルーシェが言うと、レインは顔を歪ませた。 「あの女か。あの女こそ破滅の相の持ち主だったのだろう」  名前を呼ぶのも忌々しいとばかりに舌打ちする。  理解できないでいるルーシェに、ディーネが企んでいた事を話して聞かせる。  ルーシェは驚きに目を丸くしていた。 「あの女の言う事を少しでも信じてしまったばかりに、フェイシアを失うだけでなく、大切なお前を殺してしまう所だった」  レインは苦しそうにつぶやく。 「陛下⋯⋯」 「もし俺を許してくれるなら、一生俺の側にいてくれ。この罪を償わせてほしい」 「⋯⋯身に余るお言葉です」  ルーシェは言うと、レインを見つめて微笑んだ。  フェイシアを思わせる、美しい笑顔だった。  レインは再びルーシェに口付ける。  やがてその口付けは深く熱くなっていった。 「んっ」  口付けの合間にルーシェの吐息が漏れる。  やがてレインの唇はルーシェの首筋に下りた。  細い首に赤い点をつくり、鎖骨へ下りていく。  そして邪魔な服をゆっくりと脱がせ、胸へ下りる。 「あっ、や、だめです⋯⋯っ」  ルーシェは羞恥に顔を赤くして逃げようともがいた。  しかし簡単に動きを封じられてしまう。  レインの手が、ルーシェの中心で熱くなりつつあるものを握った。 「ひぁっ」  思わず悲鳴をあげる。  レインは指でそれを扱いた。 「あ、んっ、あっ」  ルーシェが快感に身をよじる。  やがて硬さを増したそれを、レインは口に含んだ。 「あ、陛下っ!何をっ」  ルーシェは驚いて声をあげた。  レインは口を離そうとしない。  今まで感じた事のない快感が、ルーシェの体を震わせる。 「い、嫌っ、へ、陛下っ」  すぐにでも爆発しそうな感覚を堪え、ルーシェはレインの口を離そうとした。  しかしレインは離れない。  舌を巧みに操り、ルーシェのものを絶頂へ導こうとする。  逃げる間もなくルーシェはレインの口の中で果てた。  涙が頬を伝う。 「す、すみませんっ」 「謝る必要などない。したいからやったのだ」  ルーシェの涙を拭ってやると、レインは再びルーシェのものを握り込む。 「あっ」 「まだ足りないか?」  レインの手の中のルーシェは再び硬くなり始めた。  しかし今度は最後までいかせない。  先端から溢れる液を指に取ると、ルーシェの後ろの蕾に持っていく。  ルーシェは一瞬体を固くした。  指は優しくそこを開き、中に侵入する。 「ん、はぁっ」  ルーシェはその感覚に体を震わせた。  快感か不快感か、まだ判らない。  これまでのレインとの行為には快感はなかった。  ただただ、罪を償うための行為だと思って甘受していた。  指はゆっくりと内壁をなぞっていく。 「ふ、あっ」  ルーシェが甘い喘ぎ声をあげた。  やがて指の数が増える。  指は不規則にルーシェの中で動き、その度にルーシェは声をあげた。  時々、体がびくっと震える。  レインの指はやがてあるしこりを探り当てた。 「あっ、ああっ!」  ルーシェがひときわ激しく体を震わせる。  レインは嬉しそうに目を細めると、指を引き抜いた。  圧迫感がなくなりほっとしたルーシェに、今度は指よりも太いレインのものが押し当てられる。 「力を抜くんだ」  レインはルーシェの耳元で囁いた。  ルーシェは言われた通り、体の力を抜いていく。  そしてレインは、ゆっくりと腰を進めた。 「ん、うっ」  さっきとは比べものにならない圧迫感がルーシェを襲う。  しかしそれほど痛みは感じなかった。  やがてレインのものは全てルーシェの中に入った。 「動くぞ」  レインはゆっくりと腰を動かし始める。 「あっ、や、んんっ」 「ルーシェ⋯⋯愛してる」  喘ぐルーシェの耳元で囁くと、レインはその唇を塞いだ。  ルーシェの声が飲み込まれる。 「私も、愛してま、す⋯⋯」  ようやく唇が離れて、ルーシェも言葉を返した。  レインは嬉しそうに微笑むと、腰の動きを早めていく。 「はっ、ああっ、やあぁっ」  ルーシェが声をあげてのけぞった。  快感の波が押し寄せて来る。  それに飲み込まれまいと必死で我慢するが、それも長くは持たない。  レインがルーシェの中に熱い精を吐き出したと同時に、ルーシェも経験した事のない強い快感に飲み込まれそのまま意識を失った。  レインは、頬を上気させて眠っているルーシェの額に口付ける。  汗ばんだ軟らかい髪を指で梳いてやった。  自分の感情に素直になったレインにとって、ルーシェはこの上なく愛しい存在だった。  静かに眠るルーシェを愛おしそうに見つめ、フェイシアの分まで一生大切にすると誓った。    そして。  病み上がりのルーシェ様になんてご無体を!とリーリアと医師にこっぴどく叱られたのもルーシェには内緒にしておこうと誓ったのだった。      終。   ********** 覇者の相=あげまん 的な感じで。

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