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第11話
そのとき自分を見つめ返す源の冷たい瞳に、篤郎は息を飲んだ。
「誰が子どもじゃないって?」
ひやりと冷たい氷の手で背中を撫でられたみたいだった。
源の手が篤郎の頬に触れ、その指が篤郎の唇を撫でる。篤郎を見つめる源の顔は確かに笑みのかたちを作っているのに、瞳はちっとも笑っていなかった。
「俺の相手ができるって、あつはそんなバカなこと、本気で言ってるのか?」
何を考えているのか読みとれない目で、源が薄く笑う。初めて会ったころ、源はよくこんな目をしていた。自分以外に他人は必要ないといっているみたいな、昏く冷たい瞳。頷いたら少しの躊躇いもなく傷つけられそうな酷薄な気配がそこにはあった。まるで他人でも見るような目で見つめられて、篤郎は俯いた。泣きたい気持ちでふるふるっと頭を振る。
源が吐く息とともに、張りつめていた空気がゆるんだ。
「ーーあつも知ってるとおり、俺はろくな男じゃないよ。あつを傷つけるくらい、きっと平気でする。それでもあつを泣かせたら胸が痛むくらいには、お前がかわいいよ」
大きな手で慰めるように、髪をくしゃりと撫でられた。顔が上げられない篤郎の横で源はビーチサンダルを脱ぐと、家の中に上がった。傍らにあった源の気配が遠のいて、胸の中に冷たい風が吹いたみたいだった。
「あつー、お茶入れるけどお前も飲むかー?」
その場からじっと動かない篤郎を、源が呼ぶ。少し前の気まずい空気なんてなかったように自然なようすで。
「あーつー?」
篤郎は唇を噛みしめた。顔をそむけ、「・・・・・・飲む」と答えれば、「オッケー」という源ののんびりした声が返ってくる。篤郎はごろりと縁側に横になった。顔の前で腕を交差させ、ぎゅっと瞼をつむる。
少し近づいたと思ったら、するりと逃げられる。まるで遠くでゆらめく逃げ水のように。
「くそっ」
眩しいほどの強烈な日差しに、蝉がうるさいほどに鳴いている。普段と変わらない夏の午後だった。
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