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第16話
鎌倉に戻ってきたころには午後の七時を過ぎていた。駅で夏海たちと別れた篤郎は、いつしか駆け出していた。焦燥が募り、鼓動が速まる。逸る気持ちを抑えきれず、隣の家に灯る明かりを見たときはほっとした。
よかった、帰ってる……。
源のようすがいつもと違うように感じられたのは、やっぱり篤郎の考えすぎだったのだろう。
「源、源、俺! 開けて!」
自宅にも寄らず、直接源の家のドアを叩く。真っ暗だった玄関の明かりが内側から灯り、しばらくしてひとの近づく気配がした。ドアが開き、篤郎はドキッとした。篤郎を見る源の表情が、初めて会ったころのように無表情に見えたからだ。
「源、きょう横浜にいかなかった? 俺、源らしきひとを見かけて……うあっ!?」
腕を掴まれ、いきなり家の中へと引っ張られる。バランスを崩した篤郎は、そのまま源の胸に顔をぶつけた。
「……っぶ! いきなり何すんだよ」
打った額に手を当て、篤郎は源から離れようとした。源がふざけていると思ったからだ。けれど、源は篤郎の手を離すことなく、反対にぴたりと身体をくっつけた。夏なのでふたりとも薄着だ。源の身体からはかすかに汗とアルコールの匂いがした。間近に源の肉体を意識して、篤郎の心臓は破裂しそうになった。源は篤郎を抱きしめるように肩に腕をまわすと、まるで猫が甘えるように篤郎の頭にすりと頬を寄せた。篤郎はぎょっとした。頭にかあっと血が上る。
「は、源? 源さん……っ!? な、何っ、何してんのっ!?」
篤郎の頭の中はパニック寸前だ。いままでふざけてでも源にこんなことをされたことはない。彼が何を考えているのかわからず、篤郎は戸惑った。
「源……?」
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