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第18話
アルコールを飲んでいるからか、源の身体は熱かった。その手が篤郎の肩胛骨から腰までを撫で下ろす。腰のあたりにぞくりとするものを感じて、篤郎はかあっと赤くなった。
まずい、このままでは勃ってしまう……!
「源、ちょっと、あの、俺……!」
何とか腕の中から逃れようとする篤郎を、源は聞き分けがない子どもを宥めるみたいに、ぽんぽんと叩く。
「あつがずっと子どものままならいいのに。鼻水を垂らしてびーびー泣いていた小汚いガキのままだったらよかったのに」
「……源?」
篤郎はじたばたするのを止めた。抵抗するのを諦めたら、そのまま抱きしめられるよういに源の胸の中にすっぽりと包み込まれた。
「あつはいつか俺のことなんてどうでもよくなって、ちゃんと幸せになるよ。お前は幸せにならなきゃ駄目だから……」
源はまるで篤郎がこの場にいることを忘れたみたいに呟くと、ぎゅうぎゅうと篤郎の身体を抱きしめた。
「……お前どうしたの? 大丈夫? 源?」
ふいに身体にかかる体重が重くなって、くうくうと寝息が聞こえてきた。
「な、寝てんの!? 源!?」
篤郎は源の腕の中から抜け出すと、自分の膝の上で気持ちよさそうに眠る源を呆れたように見下ろした。
「……俺が源をどうでもよくなるって何? 何が幸せにならなきゃいけないだよ。鼻水垂らしてって、いったいいつの話をしてるんだよ、くそ源」
ペチンと頭を軽く叩いても、源は起きる気配がない。篤郎は源の頭をそっと床に下ろすと、部屋の奥から持ってきたタオルケットを身体の上にかけた。この気温で風邪を引くことはないだろうが、万が一ということもある。これまで長い年月を過ごしてきて、源のいいかげんなところや悪いところは散々見てきたが、今夜のような源は初めてだった。一度は躊躇った手を伸ばすと、篤郎は源の髪をやさしく指で梳いた。
「……なあ、お前どうしたの?」
りい……ん。
どこかで風鈴の音が聞こえた。夜の闇に溶け込む涼やかな音色を聞いていたら、篤郎まで眠たくなってきた。いつしか篤郎は眠っていた。淡いまどろみの中、ふわりとブランケットをかけられる気配がした。
「いい加減、あつの手を離してやらなきゃな」
ぽつりと耳に落ちてきた声は寂しくて、篤郎をひどく頼りない気持ちにさせた。
……源?
髪を梳くように、やさしく頭を撫でられる。こめかみのあたりに、そっと何かが触れた。
ああ、これは夢だと篤郎は思った。だって源が自分にキスなんてするはずはない。だとしたら、なんていい夢なのだろう。
「……あつ、ひょっとして起きてるの?」
訝る声とともに、じっとこちらのようすを窺うような視線を感じた。
ああ、いま起きるからちょっと待って。
けれど水の中にいるような眠りは、指一本動かすのさえ億劫だった。身体が泥のように重い。
立ち上がるような微かな物音と共に、傍らにあった気配が消えた。
源、お前どうしたの? 大丈夫?
心の中で呼びかけるが、もちろん返事はなかった。
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