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第31話
九年前ーー。
源が宇野家の隣に越してきたのは、篤郎が八歳のときだ。このころの源はいまよりもずっと暗い目をしていた。身に纏う空気はぴりぴりとしていて、他人を一切寄せ付けなかった。
ーーガキは嫌いだ。
直接言われたことは何度もある。源は子どもに好かれるタイプではなく、実際やさしい言葉をかけられたことは一度もなかったはずだ。それでもほとんど客も訪ねてこず、無愛想で恐そうな隣人を、篤郎は気になって仕方がなかった。他人を拒絶しながらも、源の目にはいつも深い孤独が滲んでいて、とても寂しそうに見えた。そのときの篤郎は気づいていなかったが、いま思えばひとり暗闇の中に自らを置く男を、光のあたるほうへと引っ張り出したかったのかもしれない。
何度言ってもしつこく自分の後をついてくる子どもを、源は言っても無駄だと諦めたようだった。篤郎が何か話しかけても、源は文句を言うかわりに篤郎をその場にいないものとして扱った。その関係がいつごろ変わったのか、篤郎ははっきりと覚えていない。ただ、不器用ながらもぽつりぽつりと言葉を返してくれるようになった。泣いている篤郎に困惑して、スケッチを描いてくれたのもちょうどこのころだと思う。面倒くさそうな態度は相変わらずだったが、篤郎が自分のまわりをちょこまかするのを受け入れてくれるようになった。そうして季節が移りゆくようにゆっくりとふたりの関係が変わっていく中で、近所から孤立していた日高家の関係も少しずつ改善していった。
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