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第36話
あつは自分の弟みたいなもんだから。
あのとき、源は門倉と話をしながら、その視線は篤郎を見ていた。お前の気持ちに応える気はないと、その瞳は告げていた。源はやんわりと牽制することで、篤郎の想いに答えを出したのだった。
ーーあれは、そんなに評価されるべき絵ではないんだ。
ふいに源の声が甦る。あれはいつのことだっただろう。源の代表作でもあり、篤郎にとっても忘れがたいあの絵を、もともと自分の作品に対しては思い入れの薄い源が、それほどよく思っていないように気づいたのは。なぜタイトルが付けられていないのかと訊ねた篤郎に、源は珍しく困ったような顔で、
ーーあれは死のうと思ったときに見た景色を描いたものだからな。
と答えた。
ーーし、死のうって、死のうって一体どうして……っ!?
ーー別に積極的に自殺をしようとしたわけじゃないさ。そんな面倒なことはしない。たださ、俺にとっては生きているのも、死ぬのも同じみたいなもんだったから。
凍り付く篤郎の横で、源がとんでもない内容を何気ない口調で続ける。
ーーあるとき、夜の海に銀色の月がぽっかりと浮かんでいて、ああきれいだなあって思ったら、もういいかなあって生きているのが面倒になった。でもさ、その後夜釣りにきたオッサンに見つかって、えらい叱られた。命を無駄にすんなって。
普段と変わらないようすでへらへら笑う源に、篤郎は胸が潰れるような思いがした。そんな大事な話を、まるで普通の昔話をするみたいに笑うなと言いたかった。
ーー……生きているのも、死ぬのも同じみたいなんて悲しいこと二度と言うな。
それ以上口を開いたら源を責めて泣いてしまいそうで、必死な思いで告げた篤郎に、源は不意をつかれた顔をした後、うれしそうにうん、と頷いた。それから、
ーーいまはもう同じなんて思ってないよ。
と笑った。
向かいのシートに座っている若い女の子たちが篤郎を見てくすくすと笑っている。いったい何だろうと思ったら、「まじで泣いてる? 失恋でもしたのかな?」という声が聞こえてきて、篤郎は初めて自分が泣いていることに気がついた。乱暴に瞼をこすり、立ち上がると、逃げるように隣の車両へと移った。人目を避けるようにして、ドアの隅に立つ。
人前で泣くなんてみっともないこと、自分がしているなんて信じられない。それでも涙は止まらない。これまで源と過ごしてきた様々な思い出が篤郎の脳裏に甦る。
「はは、だせえ……」
口にしたとたん、ずきりと胸が痛んだ。身体が忘れていた痛みを思い出したように、胸の奥が痛む。
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