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第37話

 自分とあの男では、最初から勝負にすらならなかった。ましてや、篤郎は源に拒絶されるのが怖くて、本気でぶつかることもなかった。傷つくことから逃げていたのだ。  傘を買わず、ずぶ濡れで帰った後、風呂にも入らず身体も乾かさず寝てしまったせいで、次の日、篤郎は風邪を引いた。  夏風邪はしんどい。厚いカーテンが引かれた薄暗い部屋の中、熱とひどい頭痛に苦しむ篤郎は、チャイムが鳴った音で意識を覚ました。階下から「あらー、源ちゃん。きのうは篤郎が迷惑をかけなかった?」という母の声が聞こえてくる。耳をすませても、源の返答は聞こえてこなかった。 「そうなのよー、あの子ったらずぶ濡れで帰ってきたら、そのまま寝ちゃって」  やめろよ、よけいなことを言うなと布団の中で念じても、もちろん届くはずがない。代わりに母の「いく前はあんなに楽しみにしていたのに、帰ってきたときはこの世の終わりみたいな顔をして……」という言葉に、篤郎は羞恥のあまり、頭を抱えたくなった。  ーー源。  胸が潰れそうなほど苦しかった。自分がどうにかなってしまったんじゃないかとビビるくらいに、涙がぽろぽろとあふれる。  源に会いたかった。あの人を食ったような面倒くさくてどうしようもない男が恋しかった。失恋が決定的になったいまもまだ変わらずあの男を恋しいと思う自分の女々しさが気持ち悪くて、途方に暮れる。  源、源、源ーー……。  篤郎は布団にくるまると、声を殺して泣いた。

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