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第49話

「……だからだよ。あつにだけは知られたくなかった。自らその手を離しておいて、そのせいで描けなくなったなんて情けなすぎる」 「……え、は?」  篤郎は混乱した。源が自分に触れようとしていることに気がつき、反射的にその手を振り払う。源がわずかに傷ついたような表情を浮かべた。  くそ、その顔はずるいだろ……。  頭の中も気持ちもぐちゃぐちゃで、何をどう考えていいかわからない。 「俺のこと好きでもないなら触るな!」 「あつ……」  自分でももう何を言っているのかわからなかった。悲しくて、悔しくて、感情のバロメーターが振り切れたみたいだった。そのとき聞こえてきた言葉は、篤郎の思考回路の範囲を完全に超えていた。 「あつのこと、好きだって言ったら触れてもいいのか?」 「は?」  源が俺のことを好き……? 好きって何が? 「だ、だって、お前俺のこと振ったよな!? それも他人の前で、俺にだけわかるように牽制したよな? あれって、俺の勘違いなんかじゃないよな?」  源が居心地の悪そうな表情を浮かべる。 「それは答えなきゃだめか?」  できれば答えたくないという源のようすに、篤郎にしてみたらふざけるなよ、という話だった。そんなの納得できるはずがない。  篤郎の無言の圧に答えを見つけたのだろう、源は仕方ないとばかりに、ため息を吐いた。 「本当は、もうずっとあつのことがかわいいと思ってたよ。あつがまっすぐな気持ちを向けてくれるたびに、愛おしくて堪らなかった」 「だったらなんで……っ!」  悲鳴のような声が漏れる。  それってまるで両思いじゃないか。  じわりと篤郎の中で希望のようなものが生まれる。同時に、いまなお暗い表情を浮かべている源に、篤郎の中で焦燥が募った。 「……俺は絵を描くことしか能がない欠陥人間だからだよ。人はどうせ裏切るものだと思ってる。あつのことだって、信じてないわけじゃないんだ。でも、正直心のどこかで、いまあつが俺に抱いている気持ちも、ほんの一時的なもんだと思ってる。あつとどうこうなるつもりはないし、俺なんかに関わってちゃいけないと思うのに、いざあつが離れていくのも嫌なんだ。勝手なんだよ、俺は……」 「……なんだよそれ」  まるで駄々っ子のような源の言い分に、篤郎は呆れた。  篤郎を見返す源の瞳は静かで、最初からすべてを諦めているように見えた。そこには篤郎の想いなど関係ない。なんて身勝手で、最低だと思うが、それはこれまで篤郎がずっと知りたいと願っていた源の本心でもあった。 「……最低だな」

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