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第66話
「きょうはようやく会えると聞いて、楽しみにしていましたよ。どうぞゆっくりと楽しんでいってくださいね」
「あ、あの、俺違……っ」
慌てて間違いを正そうとした篤郎の手を、門倉は再びぎゅっと握りしめた。
あ……っ。
自分を見つめる穏やかな瞳を目にしたとき、この人が源の先生なんだという思いが篤郎の中にすっと入ってきた。これまで他人は信用できないから嫌いだ、面倒だと、撥ねつけるように生きてきた源の周りに、彼を気にかける人が自分以外にいたことに、篤郎はほっとしていた。
「門倉先生」
声のしたほうを振り返り、篤郎はぎょっとした。それは花園画廊の源の担当者、日下だった。初めて会ったときから変わらない、すらりとした花のような美貌の男は、まっすぐに篤郎たちのいるほうへとやってくる。
「ああ、日高先生もいらしていたんですね。ちょうどよかった、あとで紹介したい人が……」
「は? 嫌だよ」
源に冷たく断られても、男は堪えたようすもない。
「劉《りゅう》さまは以前から日高先生の作品の熱烈なファンで、一度ぜひ席を設けてほしいとおっしゃっていたのですが……」
日下の言葉を聞いて、源は顔をしかめた。その表情から接待をするぐらいならいま会ったほうがマシだという源の頭の中が透けて見えるようだった。源は舌打ちすると、不機嫌そうに後ろ髪をくしゃっと掻いた。
「言っとくが世辞なんて言えないからな。相手を怒らせても知らねえぞ」
「大丈夫です。日高先生がお世辞を言えるなんて最初から考えてはいません。先生はただ私の横にいてくだされば結構ですよーーという訳で門倉先生、申し訳ありませんが、少しの間だけ日高先生をお借りしてもよろしいでしょうか」
いきなさい、いきなさいとばかりに、門倉は鷹揚に手を振った。日下は篤郎を見て微笑むと、小さく頭を下げた。篤郎はふいっと顔を背けた。そのくせ気になって、ふたりの姿が見えなくなるのを目で追ってしまう。少し離れただけなのに、置いてきぼりにされたような気持ちになった。
「日下くんが苦手ですか?」
「え?」
門倉がいるのを忘れていた。はっとして振り返ると、門倉がにこにこと篤郎を見ていた。
「えっと、あの……」
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