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第二章

 数日が過ぎた。ユージーンはサフィヤの父が所有していた企業のうち一社を買い取って事業を続け、日中は仕事に忙殺される日々を送っていた。毎晩遅く帰宅するとサフィヤに給仕させて食事を取り、風呂に入る。夜伽の相手まで強要はしなかったが、身体に触れ、口や手を使って奉仕をさせた。 「あ、ふ……っ」  むせかえる甘い香りに包まれ、サフィヤは吐息を押し殺した。閨にはユージーンがどこかで手に入れた、怪しげな香が焚かれている。 「や、もう……っ」  頭の芯まで痺れるような香りに抗おうと、サフィヤは必死でかぶりを振った。 「無駄だ。この媚薬香は、どんな不感症からでも快感を引き出す」  ユージーンは低く淫靡な声で囁くと、サフィヤの乳首をごく軽く摘まんだ。サフィヤはそこが弱いことも、どう触れられるのが好きかも、既に心得ているのだった。 「ぁ、あッ……ん!」  香りと同じように甘い声が漏れ、サフィヤは羞恥に涙ぐむ。だがユージーンの言う通り、媚薬香の効き目は確からしく、いつもよりずっと強い快感が身体の芯を駆け抜ける。 「ん? どうした?」  ユージーンはわざと愛撫の指を止め、サフィヤの顔をのぞき込んだ。 「もっとして欲しいか?」 「だ、誰、が……っ、」  そう言いつつも、身体は愛撫を求めて疼く。 「して欲しければそう言え」  ユージーンはそう言い渡し、サフィヤの葛藤を楽しんだ。 (……!) その時だ。ユージーンのモバイルが無粋な音をかき鳴らし、秘密めく空気を破った。 「…………」  眉をひそめ顔を上げたユージーンだったが、急いでベッドから下り、テーブルに置きっ放しのモバイルを取る。サフィヤが聞き耳を立てると、どうやら秘書からのようだ。 「え? その件は既に――、ああ、なるほど。そうか、電話じゃ埒があかないな……」  ユージーンは秘書となにやら相談し、これから戻ると早口で告げて電話を切った。 「……どうかしたのか?」  サフィヤは、ベッドの上にゆっくりと身体を起こした。 「明日の商談の件で、ちょっとな。電話より行った方が早い。サフィヤ、運転手を――」  手早くシャツを羽織りながら言いかけたユージーンは、壁の時計を見て言葉を切った。既に深夜だ。 「……いや、いい」 「起こさないのか?」 「自分で運転すれば済む。お前も休め」 「……分かった」  サフィヤはベッドから下りてのろのろとガラドゥーシャを着た。ユージーンは身支度を調え、少々慌てて部屋を出る。廊下まで見送ったサフィヤは、その背が角を曲がって見えなくなった瞬間、身を翻して駆け出した。  使用人たちは既に休んでいる時刻だ。高級な分厚い絨毯も、足音が響くのを防いでくれる。車庫へ通じる扉の開く音を微かに聞きながら、裏手の階段を駆け下り、使用人の使う通用口へ回る。外へ飛び出して裏庭を駆け抜け、表門に向かい、門柱脇の茂みに身を潜めた瞬間、車のヘッドライトが辺りを照らした。  ユージーンの車が庭の車道を走ってくる。サフィヤはしてやったりとほくそ笑んだ。  この屋敷から逃げるには、ユージーンを油断させて隙をつくしかない。そう考えたサフィヤは、従順に振る舞いながらこんな機会を待っていたのだった。  車はサフィヤが身を潜める茂みのすぐ横で停まり、オートロックの鉄門が開いた。ほとんど急アクセルをふかすような勢いで、車は門を出てゆく。ユージーンは商談の件とやらで頭が一杯に違いない。  重たい鉄門が、ゆっくりと閉まっていく。サフィヤは万一にも車から見とがめられないよう、ギリギリまで待った。そして――、タイミングを計り、門が閉ざされるほんの一瞬前に、外へ飛び出した。 (やった!)  すぐ暗がりに身を伏せる。しかし気づかれた様子もなく、車はそのまま遠ざかった。 サフィヤは急いで起き上がり、夜闇の中を全力で駆けていった。 (高貴な身分に生まれついた者は、それにふさわしい生活をする権利がある)  早足で街の人混みに紛れながら、サフィヤは胸の中で誰にともなくそう主張した。  奴隷はしょせん奴隷だし、高貴な身分に生まれついた者は、彼らを支配するべきなのだ。未曾有の原油価格暴落によってその秩序が崩れてしまったが、それは正しいことではない。  今の自分の立場は、間違っている。  サフィヤは足を止めて振り向いた。追っ手はない。安堵のため息をつくと同時に、外気の冷たさが身に染みる。砂漠の国の夜は冷えるのだ。薄手のガラドゥーシャだけで飛び出してきたサフィヤは身体に腕を回し、これからどうしたものか思案した。辺りを眺めてイルミネーションの眩しさに目を細めると、そこは夜景で有名な享楽の中心地、富裕層が集う歓楽街だった。どこか見覚えのある場所だ。 (そうだ。確かこの辺り……)  高級ナイトクラブやバーが軒を連ねるその一帯は、以前、従兄弟のイルハムに連れられてきたことがある。高級娼婦が歓待してくれる、とある秘密クラブがイルハムの贔屓で、足繁く通っているらしかった。 (ちょうどいい。イルハムをつかまえて、当座の面倒を見てもらおう)  イルハムの父はサフィヤの父の弟だ。兄弟の序列からして、力になってくれるだろう。サフィヤは、その秘密クラブへと向かった。 「サフィヤじゃないか」  イルハムは、クラブ内にある専用の個室でサフィヤを迎えた。  簡素なガラドゥーシャ一枚のサフィヤはクラブの入り口で怪しまれたが、イルハムの名を出すと、警備員はイルハムの召使いとでも思ったらしく、中に通して部屋を教えてくれた。ちょうどイルハムはお遊びの最中だった。 「イルハム! 会えて良かった」  イルハムは従兄弟というだけで、それほど親密な訳ではない。それでも懐かしい顔に会った気がして、サフィヤは胸を撫で下ろした。 「元気そうだな。まあ、座って飲めよ」  イルハムは既にかなり酔っているらしかった。大勢の美女や美少年を侍らせ、大きなソファにふんぞり返っている。 「う、うん」  サフィヤが向かいにかけると、女たちがグラスを出して酒を注いだ。 「ところでどうしたんだ、サフィヤ。……まあ、噂は聞いてるが」  イルハムはくつくつと笑った。 「逃げてきたんだ。こんな生活は、僕にふさわしくない」  サフィヤは酒の苦みに顔をしかめた。イルハム好みの強い酒だ。 「あのユージーンがなぁ……。まあ、一癖ありそうな奴だったよな。奴隷の目をしてない、っていうか」  イルハムも酒をあおる。サフィヤはグラスを置き、身を乗り出した。 「それで――、ともかくこんな状態だから、しばらく世話になりたいんだ」  サフィヤは質素なガラドゥーシャの袖を上げてみせた。 「そうだな。まあ構わんが――」 「そうか! ありがたい」  サフィヤはほっと息をついた。愛玩動物としての屈辱的な日々は終わりだ。本来の、自分にふさわしい生活に戻れる。  イルハムがふと片手を上げ、控えていた従者を側に呼んだ。なにやら小声で耳打ちすると、従者は他の者たちに目配せをする。 「?」  部屋にいた全員が腰を上げてそそくさと出て行き、室内はイルハムと、首を傾げるサフィヤの二人きりになった。 「……なあ、サフィヤ」  イルハムは立ち上がると、サフィヤの隣に座を移した。妙に距離が近い。 「嬉しいぜ、俺を頼ってくれて」 「そりゃ、親族だし……」 「まあ、奴隷だったユージーンよりは、俺の方がいいよなぁ」  イルハムはサフィヤに顔を近づけ、にんまりと目を細めた。いきなり耳の下に口づけられ、サフィヤは驚いて飛びのく。 「な!? イルハム、どういうつもりだ!」 「どういうつもり、って……」  イルハムは顎を撫でさすりながら言った。 「あいつから俺に鞍替えしたいんだろ?」  その言葉に、サフィヤは唖然としてしまった。だが次の瞬間、怒りが爆発する。  「侮辱するのかイルハム!? 僕は自分の身分に――、高貴な血にふさわしい生活をしたいだけだ!」  イルハムは少しも動じず、酒をくらった。 「もういい!」  サフィヤは勢いよく立ち上がり、踵を鳴らして部屋の入り口に向かった。しかし――。 「え?」  豪奢な装飾の扉には、鍵がかかっている。 「……高貴な血、ねぇ」  背後でイルハムが、なにやら含みのある言い方をした。 「何が言いたい?」  振り返って睨みつけると、イルハムはソファにもたれたまま、サフィヤを見つめている。テーブルの果物皿から葡萄を取って食べ、イルハムはいかにも気楽な調子で言った。 「お前が王族の血を引いてるなんて大嘘さ」 「……ははっ。何を言い出すかと思えば」  サフィヤは笑いながらソファのところへ戻り、イルハムを見下ろした。 「僕の母の実家は歴とした王家の一族だ。欧州から嫁いだお祖母様も、やはり祖国の王族の血を引いていたそうだ。イルハムも知っての通り、父は庶民の出だけれど僕は――、」 「お前の母親は実家と血の繋がりがない。……養女だったんだよ」 「……は?」  サフィヤは思わず聞き返した。 「お前の本当の祖父母は奴隷の男と、東欧から流れて来た商売女だそうだ。女はお前の母親を産んですぐ、別の男と逃げたってよ」 「下らない嘘をつくな」  サフィヤは鼻で笑った。 「奴隷と商売女の娘? そんな娘がどうして、由緒正しい家の養女になれるっていうんだ」 「金さ」  イルハムは、ひらひらと手を振った。 「お前の親父さんはメイドに手を出して孕ませた。それがお前の母親だ。親父さんはそれなりにご執心で、妻に迎えようとしたんだが、彼女の出自が出自だからな。実業家として体裁が悪い。そこで親父さんは、礼金目当てに彼女を養女にしてくれる男を探し、その家から嫁に貰う、って形で彼女を妻にしたんだ」 「そんな、まさか……」 「その男――お前が祖父だと思っていた男も、血筋こそ良いが、家の内情は火の車だったからな。金に目が眩んで親父さんの取り引きに応じたんだろう」 「う、嘘だ! そんなのでたらめだ!」 「知らなかったのはお前ぐらいさ。だけど、心当たりがあるんじゃないか?」  痛いところを突かれ、サフィヤは言葉に詰まってしまった。  確かに、少しおかしいという感覚があった。サフィヤは母の少女時代の写真を見たことがない。母の残した写真は全て、結婚後のものだった。母方の親族とつき合いがないのも、母や祖父母が亡くなって疎遠になったからだ、とサフィヤは思っていた。しかし父の葬儀にすら何の音沙汰もないのは、少し不自然だ。母の兄弟や、誰かしら血縁はいるはずなのに。 (まるで、形式だけの親族のような……、) 「まあ、形式だけの養女って訳さ」  サフィヤが胸の内で呟いた言葉そのままを、イルハムが口にした。 「…………」  イルハムは酒をあおり、立ち尽くすサフィヤをちらりと見た。 「う、わっ!」  いきなり腕を引かれてバランスを崩し、サフィヤの身体がソファの上に倒れ込んだ。そこへイルハムが、体重をかけてのしかかる。 「な、何をする!」 「前から、この白い肌を一度試してみたかったんだよなぁ」  イルハムはサフィヤの上でニヤリと笑った。 「ち、違う! 僕はそんなつもりじゃ――」  イルハムはサフィヤのガラドゥーシャをはだけさせ、露わになった白い胸に舌なめずりをした。卑猥な舌先がサフィヤの目に映る。 「へえ。これはなかなか」 「放せっ!」  しかしサフィヤに馬乗りになったイルハムは、小柄な身体をしっかりと押さえ込んだ。体格のいいイルハム相手に、サフィヤは身動きが取れない。ミルクに浸したイチゴのような乳首にイルハムが舌を這わせると、サフィヤの全身に鳥肌が立った。 「ひぁ……っ」 「いい声出すじゃないか。あのユージーンに躾けられたか?」  サフィヤは潤んだ瞳でイルハムを睨んだ。 「こっ、こんなことをして――」 「どうなるって?」  イルハムはサフィヤの乳首を指先で刺激しながら、首筋に、耳元に唇を這わせた。 「お前はもう富豪のご子息でも、まして王族の一員でもないんだぜ。ただの奴隷だ」  その言葉に、サフィヤの身体が強張った。  イルハムはガラドゥーシャの裾をたくし上げ、白い太ももを撫で回す。 「だがこういう生活も、案外悪くないんじゃないか? ユージーンには俺が話をつけてやるよ。小金をくれてやれば納得するだろう」 「だっ、誰が、そんな、ん、ぅ、やめっ」  しつこい唇と、快楽のありかを暴く指先に抵抗しながらも、サフィヤの胸の中ではイルハムの言葉が渦を巻いた。  ガラドゥーシャの下は腰巻きだけで下着はつけないので、やがてイルハムはこともなげにサフィヤの秘部を露わにしてしまった。 「お前は、可愛いな」  イルハムの指が無遠慮にそこを包む。 「やめ……ろっ、はぁっ、んッ」  イルハムは遊び人だけあって、男への愛撫も心得ているらしい。その手はすぐさま、サフィヤの快楽を導き出す動きをし始めた。 「ぁ、や……っ、ッん、んふ、は、ぁう」  次第に息が荒くなる。 「やめ……っ、て……、もう……」 「これがお前の、本来の立場ってだけさ。そうだろう?」  その言葉は砂に水が染み込むように、サフィヤの心に沈んでいった。 「ん、ンッ、は、……ふ」  抵抗する気力をくじかれたサフィヤの様子に、イルハムはほくそ笑んだ。白い両足の間に膝を割り入れ開かせると、身体を乗り出して固く熱いものを押し当てる。 「ひ……っ!」 「なんだ、処女か。じゃ、慣らしてやるよ」  イルハムはテーブルに手を伸ばし、オリーブオイルの小瓶を取った。オイルを絡めた指先で秘部にぬるりと触れられ、サフィヤの身体が火照る。 「ひぁ、ああぁ……!」  イルハムはゆっくりと秘部を撫でながら身体をずらし、屹立しかけたサフィヤの性器を口に含んだ。 「ひぃあぁ! や……ッ、やめ、あ――!」  与えられる快感と拒絶する心に引き裂かれそうになったサフィヤは、誰にともなく助けを求め、声を上げた。  その時、部屋の扉が大きな音を立てて開いた。駆け込んできたのは、悪鬼のような形相のユージーンだ。 「おいおい、無粋だな。お楽しみ中だぜ?」  イルハムが身体を起こし、おどけて言った。 「……何をしている」  ぞっとするような冷たい声音。 「そう凄むなよ。ちょっとした味見さ」 「俺の奴隷に勝手な真似をするな」 「ああ、悪い悪い。後で交渉しようと思ってたんだよ。いくら欲しい?」  イルハムはへらへらと笑った。 「……売らん」 「え? ちゃんと金は払うぜ」 「……売らない、と言っている」  ユージーンは二人にずかずかと歩み寄った。 「帰るぞ、サフィヤ」  手荒くサフィヤを引き起こす。 「あ……」 「お、おい! なんだよ!」  引きずるようにサフィヤを連れてゆくユージーンを、イルハムは面食らって見送った。 「あいつに犯されたのか!?」  サフィヤを投げるようにして車の助手席に放り込み、ユージーンは怒鳴った。サフィヤはゆっくり顔を上げてユージーンを見、それから頼りなさ気に首を振る。 「そうか……」  ユージーンは脱力して肩を落とし、呟いた。 「逃げてどうする。行く当てもないくせに」 (行く当ても、ない……) サフィヤはぼんやりとその言葉を反芻した。 「お前が頼れるのはあの男くらいだろう。俺が見つけ出せないとでも思ったか!」  ユージーンはかがみ込んでサフィヤの襟元を引き寄せ、唇を押し当てた。強引に口腔を暴く熱い舌が、所有の印を確かめるように粘膜をまさぐる。  乱暴にサフィヤを突き放して運転席に回ると、ユージーンは苛立ちをぶつけるように車を急発進させた。サフィヤは隣でシートにもたれ、窓の外を流れゆく景色をただ眺める。 (『本来の、立場』……)  イルハムの言葉が、頭の中で鐘のように鳴り響く。街はサフィヤを嘲笑うように、煌びやかな光を投げかけた。  ハンドルを握るユージーンは、横目でサフィヤを睨み唇を噛みしめた。サフィヤはこちらを見もせず、外を眺めている。 (従順にしていたのは……、芝居だったのか。逃げ出す機会を得るための……)  失望と悲しみが、怒りに変わり燃え上がる。急ブレーキに驚いてサフィヤが振り向くと、ユージーンはサフィヤの手首を強く掴んだ。 「痛っ!」 「サフィヤ。お前は俺のものだ!」  射ぬくような漆黒の瞳に、サフィヤはたじろいだ。後続車からクラクションが響く。ユージーンはサフィヤを睨みつけてから手を放し、再びアクセルを踏んだ。    屋敷に戻るとユージーンは、サフィヤの父が以前飼っていたジャガーの首輪を見つけ出してきた。サフィヤはガラドゥーシャを剥ぎ取られ、首輪をはめられ鎖で繋がれた。 「これでもう、逃げられないぞ」  鎖の端を錠で柱に固定しながら、ユージーンは言った。その声は熱を帯び、微かに震えて上ずっている。まるで子供が勝ち誇るような口調だと、サフィヤは思った。  ユージーンは闇夜の瞳に狂気じみた光を湛え、サフィヤをベッドに押し倒した。 「ん……っ」  唇に貪りつき、そのまま息の根を止めてしまうかのような口づけ。サフィヤは反射的に顎を引いたが、強い力で押さえつけられる。それだけで、並ならぬ執着が伝わってきた。熱い舌は生き物のように口腔を侵略し、サフィヤの舌に絡みつこうと追いすがる。サフィヤはそれに応えず、しかし抵抗もせず、なすがままにされていた。 (これが本来の僕に、ふさわしい立場……)  奴隷なら仕方がない。  ユージーンはようやく唇を離すと、低い声で囁いた。 「俺から離れようとすればどうなるか……、思い知らせてやる」  言うなりユージーンは、サフィヤの耳たぶに囓りついた。 「……つッ!!」  それは痛みというより、熱だった。脳天まで貫く熱。そして、その暴力的なユージーンの熱は、サフィヤに怒りしか伝えなかった。  サフィヤは甘んじて熱を受け入れた。 (僕は、傲慢だった)  サフィヤの瞳に涙が滲む。  自分には王族の血など一滴も流れてはいなかった。高貴の者として扱われる資格などなかったのだ。 全てがどうでも良くなった。サフィヤは、自分自身を投げ出した。  耳たぶから血が滲み、ユージーンの舌にその味を伝えた。それでユージーンは我に返り、慌てて唇を放す。しかしサフィヤは抵抗もせず、身体の力を抜いて横たわっていた。 (……怯えているのか?)  空虚なサフィヤの瞳は、どこも――、ユージーンのことも、見てはいなかった。凍りつくような焦燥感が、ユージーンを駆り立てる。こうして鎖で繋いでおいても、また逃げ出して、どこかへ行ってしまうのではないか。そうなれば永遠に失ってしまう。あれほど焦がれ、ようやく手に入れたのに。 「…………!」  ユージーンはサフィヤを抱きすくめ、飢えた猛獣のように身体を貪った。口づけを落とし、甘噛みし、跡が残るほど肌を吸う。乳首に軽く歯を立てると、サフィヤの身体がぴくんと跳ねた。 「あ……っ、う……」  反応が嬉しくて、ユージーンはさらにそこを攻めた。音を立てて吸うと、サフィヤは小さな悲鳴を上げる。 「ひぃ……や、あ」 「んぁ、あ……ッ、ん、」  激しく脈打つユージーンの心臓は、心と身体に熱を巡らせ、やがてその雄にたどり着く。 「サフィヤ! サフィヤ……」  ほとばしる想いをその名にのせて言の葉を紡ぐ。そしてユージーンは、サフィヤ自身に指を伸ばした。もっと触れたい。全てに触れたい。逸る心が、ユージーンをけしかけた。  まだ柔らかいそれを握り込むと、サフィヤは子猫のように身体を縮めて小さく鳴いた。 「んぁ……っ」 「んぁ、あ、ぁ……」 「あ、ふ」  撫でていると次第に芯が通ってくる。瑞々しい果実を絞ったように、鈴口から蜜が溢れ出す。ユージーンは香油の瓶を取り出すと、サフィヤの両足を開かせ、露わになった秘部にたっぷりと塗りつける。 「ひぁ、や……っ!」  何をされるか察し、無抵抗だったサフィヤもさすがに恐れをなした。身体をよじってベッドの上で後ずさると、首輪に繋がった鎖がしゃらりと音を立てる。獲物にせまる獣のように身を乗り出したユージーンの、漆黒の髪と瞳が、まるで黒ヒョウのようだ。捕獲される小動物のように、サフィヤは瞳を閉じた。 (どこへも行くな、サフィヤ)  黒い獣はサフィヤをしっかりと捕まえた。尻を割り開き、指先を立てて窄みに侵入する。 「ひ……ッ」  初めて味わう異物感に、サフィヤはおののく。しかしユージーンの指は容赦しなかった。 「……あ、……ぁあ、ぅあ……っ」  サフィヤはされるがままに、ユージーンの指を身体に招き入れた。やがてユージーンは、それをゆっくり抜き差しし始める。指が動くたび秘部に溢れた香油が卑猥な音を立て、サフィヤは羞恥にすすり泣いた。 「あ、ふっ、う、ぅ……う……」 (そんなに、俺が嫌か!)  ユージーンはむきになり、どうにかそこをほぐそうと躍起になった。 「ぁあ、ああッ、あぅう、あ、う、」 「ひぁあぁ……ッ、あ、」  蕾は堅く緊張したまま、少しも綻んでこない。ユージーンは悔しさで唇を噛みしめた。  手に入らない。こうしていても、まだ自分のものになってはいない。 (どうすればいい……、どうすれば……)  深く考えるより先に、ユージーンの無謀な雄の本能は答えを出してしまった。  ユージーンは指を抜いてサフィヤにのしかかった。恋慕と憤り、焦燥と執着を、猛り狂う己の雄に託す。 「ひ、うぁ、ぁああああ――――――!!」  一気に貫かれ、サフィヤは悲鳴を上げた。しかしユージーンは息が整う間も与えずに、奥を突き始める。 「は、ぁ、ああ、う、うぁ……」 「んぁああッ! ひぃ……ッ」  強引に開かれたばかりできつく締めつける肉の入り口に、ユージーンは低く呻いた。一度引き抜き、サフィヤの身体をひっくり返して後ろ向きにさせる。そして乱暴に腰を引き上げ、自らのものをまたねじ込んだ。 「ひぃっ、あ、ぁ」 「はぁぅ、あ……」  少しずつ角度を変えながら探ってゆくと、やがてふっくらした部分に行き当たり、サフィヤが高い声を上げた。 「ここか」 「ひぃっ、な、ひぃあッ」 「ぁあああ――ッ」 「んぁあ、ひ、あ、あふ」  無理矢理引き出される快楽に、サフィヤはいやいやをするように首を振る。しかしユージーンは聞かず、性器を手で愛撫して、内と外から責め立てた。  サフィヤが愛おしい。だがユージーンには、その愛をどうすれば良いか分からない。ユージーンはただ幾度も、サフィヤの深みに想いをぶつけるしかできなかった。  だがしかし、その執拗な動きは、切ない想いをほんの少しだけサフィヤに伝えた。  求められ、必要とされる感覚が、サフィヤの窄みをこじ開ける。それまでより僅かに緩んだそれは、ユージーン自身をさらに深く引き入れた。 「あ、ぁ! ひぁ……ッ」  強く甘い快感が、サフィヤの背を駆け上る。 「――あ、あぁ……ッ、あ、もう、や、め」  哀願の声と同時に、サフィヤ自身が大きく脈打った。 「うぅぅっぁ、あ、あ……!」  ユージーンの指に蜜の雨が降り注ぐ。ピクピクと痙攣するサフィヤを抱きすくめ、ユージーンが呻いた瞬間、サフィヤの中に熱が放たれた。 「んぁ、あ、は、ふ……ッ、はぁっ……」  サフィヤは吐息混じりに喘ぎ、ぐったりと脱力した。だがそれでも、ユージーンは少しも満たされない。 (足りない。まだ、足りない。俺はサフィヤが欲しい。全部欲しいんだ!)  萎えない雄に身を任せ、ユージーンは執拗にサフィヤを攻め続けた。 「い、いや、だ……、もう……っ」  サフィヤ自身を扱くと、再び反応し始める。 「もう、離し……、や……」  無理に引き出される快感は、苦痛にもなる。心が伴わなければ、なおさら。だが哀願の声は聞き届けられず、しばしの後、サフィヤは再びユージーンの掌に気を放った。それでもユージーンはまだ諦めない。さらに責め立てようとした、その時――、 「おやめ下さい!」  廊下から扉越しに大声が響いた。ユージーンはぎょっとしてそちらを振り向く。 「おやめ下さい……、ユージーンさま。これでは、サフィヤ坊ちゃまがあまりにも……」  振り絞るような悲しい声。どん、と、何かが扉の向こうで崩れ落ちる音がした。  ユージーンは身体を起こしてガウンを羽織った。部屋を横切って扉を開けると、そこには老執事ハーリドの、小さな身体があった。老人は廊下に膝をつき、頭を垂れている。 「どうか、ユージーンさま……」  伏せたままの顔に、どんな表情を浮かべているのかは分からない。しかしその声には、涙が滲んでいた。 「……分かった」  ユージーンは力なく言った。 「心配しなくていい。もう下がれ」  ハーリドは黙って立ち上がり、深く頭を下げた。 「……すまなかった」  ユージーンは静かに扉を閉める。ぐったりとシーツの上に崩れ落ちていたサフィヤは、意識朦朧とその様子を眺めていた。 (ハーリドが、なぜ……?)  しかし深く考える力も残っておらず、サフィヤの意識はそのまま遠のいていった。

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