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電車
二人分空いた席に先輩は滑り込んで、オレにも座るように目で合図した。
オレはちょっとためらったが、周りには誰もいなかったし、座れないのは意識しているのだと気づかれそうだったから、素直に座る。
「ねみ〜」
朝に弱い先輩はあくびをする。
少しぼんやりした顔で携帯を取り出し、なにやら操作してオレに見せた。
「新宿なんだけどさ。ここが会場」
見る時にはどうしたって身体がよりそう。自然に振る舞うように自分に言い聞かせながら、画面を覗きこんだ。
「ここは有名なショーだから、いっぱい人いるし、高いから、あんまり買う気はないんだけど、やっぱり運命はあるからなあ」
「運命?」
「そ。なんか引き寄せられるってかさ。石に呼ばれるとか。
俺の水晶さ、グラムいくらのサービス品に混ざってたんだけど、店の人が思いつきでいいの混ぜたらしいんだ。混ぜたらすぐに俺が引いたらしくてさ。
やられたって言われた。石がオレのとこに来たくて入れちゃったんだなあって」
にやりと先輩が笑う。
不思議な話だが、先輩ならと納得が出来てしまう。
そして、あの水晶が羨ましいと思った。先輩は運命で出会ったあの石を絶対手放さないんだろう。先輩を呼んで、そして選ばれて、先輩のそばにずっと居られるなんて。
「こういうの電波っぽいから、内緒な」
「…は?」
オレは先輩を見た。先輩が柔らかく微笑んだ。
「石からなんか感じるとか言うと変な顔されそうだから、言ったことないんだ」
「え?じゃ、なんでオレに?」
ぴりっと緊張する。二人だけの秘密とか、そういうのはダメだ。近すぎる。
「なんでかな?ノリ?」
ホッとして、苦笑いする。
「そういう人ですよね。」
「俺の勘とかあんまり外れないけどな。」
先輩はまたあくびをすると、背負ってたポーチからイヤフォンを出して携帯に挿す
自分の耳に片方入れて、もう一方をオレの耳に入れた。
びくっとして振り向くと、携帯で曲を探している。
「こういうの好き?」
流れて来たのは、オレの知らないバンドの曲だった。
「嫌いじゃないです」
「そうか。オレは寝るから、終点ついたら起こして」
胸のポケットに携帯を入れると、先輩は腕組みをすると俯いて目を閉じた。相変わらずあっという間に寝てしまう。
気がつくとラグの上で寝ていたり、机に突っ伏して寝てしまうので、起こしてベッドに入れるのはオレの日課だった。
ほんのちょっとだけ先輩はオレに寄りかかっていた。
その体温をオレがどれだけ嬉しいと感じているか、この人は知らない。知らなくていいと思う。
知られたら、離れなくてはいけないから。
電車が揺れて、先輩の頭が反対側に揺れる。そっち側には女の人が座っているからと、自分に言い訳をして、そっと先輩の服を引っ張りオレの肩に先輩の頭をのせる。
頭がぐらぐら揺れなくなったので、先輩はため息をついた。
その時、先輩が微かに微笑んだ気がしたが、気のせいだと言い聞かせる。
先輩はかなり目立つ人だから、周りの人がこっちを見ているのには気付いていた。繋がったイヤフォンがオレ達が連れであることを示している。
イヤフォンを外せば、オレは隣の客に寄りかかられた可哀想な客になることが出来る。
でも、オレはそうしなかった。
先輩がオレに聞かせてやりたいと思った曲を聞き、先輩の体温を感じる。肩にかかる髪、綺麗な横顔。微かな吐息。
今この瞬間感じている幸せを手放す気にはならなかった。
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