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鉱物博覧会

 山の手線は相変わらず混んでいた。新宿に着くと、先輩はすたすたと会場へ向かう。  レンガ色の建物に入ると、チケットを買いに並ぶ。オレが金を出そうとすると、 「俺が誘ったんだし、星影は興味なかったんだからオレが出すよ」  とさっさと金を払ってしまった。  パンフレットを貰い、会場に入る。所狭しと並ぶ机に沢山の石。標本みたいなのからブレスに使う丸い玉の連、指輪とかについてるカットした石までいろんな石が並んでいる。赤、青、緑、茶色に灰色、ありとあらゆる色の洪水。  店を開いているのも、日本人だけじゃなく、いろんな国の人がいる。 「日本語通じないとこもある」  先輩は微笑んだ。  通路にはびっしり人がいる。先輩を見ると目がきらきらしている。本当に好きなんだなあ。 「やっぱすげえなあ。石もこんだけあると、悪酔いしそう」  ああ、先輩は石で何か感じるんだっけ。 「人が多いから、離れないで。あと、興味ある石があったら言って。説明するから」  どの石を指しても、先輩は名前とどういう石なのかをすらすらと教えてくれる。値札に名前が書いているものはもちろん、名前の書いていないものも、見て、多分これ。と言って店の人に聞くと当たっている。面白いエピソードのある石は自分で指差して話してくれる。  水晶も俺には同じ透明な水晶にしか見えないのに、 「きれいなのがブラジル産」 「雰囲気のあるのがヒマラヤ産」 「小粒でピカピカしてるのがハーキマーダイヤモンドって、ニューヨークで採れる水晶」  と説明していく。  オレは楽しそうに説明している先輩を見ていた。いつもはどこか気だるくて大人っぽい雰囲気なのに。今は興奮した子供みたいだ。  三葉虫やアンモナイトがあるコーナーに来ると、説明がピタッと止まる。  どうしたのかと振り向くと、先輩は真剣な顔で言った。 「オレは石は好きだけど死体には興味ないから」 「死体?」 「化石とか死体じゃん」 「まあそうですけど」 「死体を愛でるとかキモい」 「ガキですか」  思わず吹き出す。 「いや、マジでキモいって。特に虫とかヤバイだろ。腹筋割れてるし、あれがゴキの先祖だろ?」 「三葉虫は違うんじゃないですか?ゴキはほとんど進化してないはず」 「いや、ここで虫の話をするな。せっかく石見て盛り上がってるのに、帰りたくなる」  オレはげらげら笑いはじめた。先輩が虫嫌いとか、めっちゃくちゃ意外だ。 「笑うな!マジで苦手なんだ」  先輩がオレの手を引いて化石の店を通り過ぎる。  びっくりして、笑いが引っ込む。あって感じで先輩が手を離した。 「彼女と間違えないでくださいよ」  オレは微笑んだ。 「はいはい、タラシですいません」  先輩はにやりと笑う。うん、大丈夫だ。  それから、先輩は知り合いの人の店を見つけると、立ち話をはじめた。  オレは先輩を離れて周りの店をなんとなく見回した。  それはその店の棚の上にちょこんと乗っていた。  大きな水晶の山の間に埋もれるように。  青緑色。南の海みたいな。  白い縞があちこちに入っている。  研磨していないのか、質感はざらっとしていた。  透明なところがあるような、ないような、不思議な質感。  手に載せるとちょうど握り込めるサイズ。重くもなければ軽くもない。  きれいな石だ。  こういうのが地中から急に出てくるなんてすごいな。  口元が綻ぶ。なんか、これ、すごくいい。  なんて名前の石なんだろう。いくらくらいするのかな?  プライスカードはついてない。 「ほっといてゴメン」  先輩に声をかけられて振り向く。 「先輩。これ」  オレは青緑色の石を見せた。先輩の顔が真剣になる。 「え? これ、どこにあった?」  石を持つとひっくり返しながら石を見ている。 「そこの棚です。ちょっといいですよね。海みたいな色だ」 「うん。これアマゾナイトだ。和名だと天河石(てんがいし)っていう。天下のてんに大河のかわって漢字……わかる?」 「オレの苗字?」 「うん。呼ばれたな。どうする?お前買う?買わないなら俺が買うけど」 「か、買いたいです」 「値段ついてないな。グレード良さそうだから、こんくらいの大きさでも結構高いかもな。でも、きっと、買える値段が来るよ」  自信有りげに頷いた。  先輩が店の人と交渉する。  青い目のおじさんは日本語があまり出来ないらしい。  産地を聞くとプライスカードに書いていると言われて、カードがついていなかったと言うと、じゃあってなって、意外なほど安い値段がつけられた。 「相場より全然安い」  先輩が耳打ちする。  石はトイレットペーパーでぐるぐる巻きになる。なんでって顔をするオレに、先輩は安くてかさばらないから、外人はよく使うんだって教えてくれた。紙袋にいれられた包みを先輩が俺に渡す。 「これはお買い得だったな」  先輩は自分のことのように嬉しそうだ。 「これ、別名、希望の石って言ってめっちゃヒーリング効果あるから大事にしろ」 「大事にします」 「なあ、呼ばれるって、わかった?」  なんで水晶の中にこんな小さな石がぽつんとあったのか。俺と同じ名前の石。買える値段だったこと。そもそも先輩に誘われなければ、オレはここにいなかった。たくさんの偶然が重なって、この綺麗な石はオレの処にやって来た。やっぱり、選ばれたんだとしか思えない。 「なんか、わかります」  先輩はにっこり笑った。 「電波だと思われるから、内緒だからな」  結局、二人だけの秘密ができた。それは良くないことだ。  でも、嬉しさが込みあげて来るのは抑えられなかった。  先輩はきらきらした目で辺りを見回すと、また、会場を歩きはじめた。 ***  部屋に帰ると、先輩が小さなガラスの皿に水晶のさざれを入れて渡してくれた。 「アマゾナイトは紫外線で退色するから、机の上はやめとけ。ベッドとかいいかも。机の中か」  飾っておきたかったから、ベッドボードの上に皿をおき、トイレットペーパーをはがしてアマゾナイトを飾った。  石を見ると、自然に顔が綻ぶ。  もし、この石が本当に希望の石ならば、そしてこの石がオレを選んでくれたなら、オレは希望を持ってもいいのだろうか。  ささやかな希望でいい。  例えば……例えば……  ちりっと胸を何かが焦がす。  柔らかいオレを呼ぶ声。 『星影』  黒い星に喰われた月。  オレの……  いや、やはりオレには希望なんかない。  人形には希望なんかない。

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