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月は星を追いかける
「で? もう、俺でいいよな?」
ありえないくらい泣き腫らした目をしょぼしょぼさせながら、コーヒーを淹れているオレに先輩はいった。
「どうでしょうね?」
いい香りのコーヒーをマグカップに注ぎながら、オレは答える。
先輩の前にマグカップを置くと捕まりそうになったので、くるりと身をかわして、電子レンジのバターロールを取りに行く。
不機嫌そうに眉間に縦皺を寄せた先輩の前にバターロールを置いた。
テーブルに正座で座ってコーヒーをすする。
「オレは先輩が好きですけど、先輩はオレのこと、好きじゃなくてもいいんですよ?」
「なんで」
先輩の眉間の皺が更に深くなる。
皺をなでて伸ばしたくなったけど我慢した。
「オレは今まで結構ネコかぶってたし。先輩はモテるから、すぐ捨てられそうな気がするんですよね。だったら、今のままでもいいかなって。オレは先輩が見れればそれでいいんで」
「天然のフリしてんのは知ってたし、言うほどモテないし、捨てないし、今のままは絶対嫌だ。見たければいくらでも見ればいいだろ。あと、キスさせろ」
オレの手のコーヒーのカップを先輩がつかんでテーブルに置く。
先輩がテーブルの上に乗り出して、這って下からすくうように唇を重ねてきた。
何度か軽いキスをしていると息がきれる。震える唇が息を吐くと、キスをしながら先輩が微笑んだ。
「感じてる?」
先輩の腕が首の後ろに回ってゆっくりとオレを横に押したおす。
綺麗な顔が誘うように笑みをうかべて、赤い舌が見せつけるように自分の唇をいやらしくなぞる。
「口、開いて?」
オレが震えながら唇を微かに開くと、先輩が声をたてて笑う。
「マジでかわいい」
先輩の舌がオレをかきまわす。
少し苦しいその行為がオレの理性を吹っ飛ばした。喉から甘い声が漏れて泣きそうになる。
泣き声の混ざった喘ぎ声に、先輩の唇が離れる。
「嫌なのか?」
信じられないという風に先輩がいった。痛みを浮かべる先輩の瞳。オレは激しく頭を振った。先輩はため息をつくと、表情を緩めてオレを引き寄せた。
「先輩は……月じゃないですか。すごく綺麗で満月みたいに輝いてて、皆が先輩を好きで、求めてる。地球にはいっぱい人がいて、皆があなたを求めて手を差し伸べてるのに、なんでオレなんですか。
オレ、手を差し伸べてすらいないのに。ただ見てただけで……それでいいのに」
泣き腫らした目に涙がしみる。
しゃくりあげて先輩を見ると、先輩は不思議そうに首を傾げた。
「星影語すぎて、なんで泣いてるのか、よくわかんないけどさ。
この間のショーで星影がアマゾナイト引いたようなもんだろ。
いっぱい人がいても、俺は星影を引くよ。絶対に呼ばれる自信がある。だってお前は俺が好きだろう?」
「なんで、なんで、そんな自信満々なんですか」
「だから、そうじゃないと嫌なんだって。俺がめちゃくちゃ好きなのに、そうじゃなかったら嫌だろう?」
「す、好きって言った」
オレが呆然として言うと、額に手をあてて先輩が呻く。
「俺、言ってなかった?」
「言ってません」
「あ〜。ドジったな……でも、まあ、俺、告白とか初めてだから……許せ」
「は?」
「俺、多分、星影が初恋。
今までは断るの面倒だから付き合ってただけ。どうせ見てくれが好きだからってだけだから、すぐ離れてく。まあ、最後の彼女は違うけど」
「最後の彼女?」
「お前にちょっと似てたんだよ。黒髪でさ。雰囲気も。
星影みたいなのが好みなのかなと思ってさ。なら、星影に似た女でもいいのかなって。
いらいらしてたんだ。お前、好きでしょうがないって目で見るくせに、近づいて来ないし。
男同士だから、やっぱダメかなとかさ。
つきあったの、すっげえ失敗だったけどな。
何してても星影のこと思い出してさ。やっぱり星影がいいって思うだけだった。似てるから、傷つけるのも辛くて……自分のこと最低だって思ったよ」
好きでしょうがない? 顔がじわじわと赤くなる。バレてた?
「し、知ってたんですか?」
くすくす先輩が笑う。
「気づかれてないと思ってたのか? 雰囲気とか、分かるって」
「ぜ、絶対気付かないと……だ、だから好きでいいかなって」
「いいよ、好きで。んで、俺も好きだから、つきあおう?」
抱きしめられてキスされる。
オレは腕を突っ張って先輩から離れた。
「ちょっと待って。キスされるとわからなくなる」
「じゃあもっとしよ?うんってだけ言えばいいよ」
「ダメです。いつから?いつからなんですか?」
「初めて逢った時じゃない?
呼ばれたって感じた。その時からずっと欲しかった。星影もだよな?
必死に隠そうとしてたから、知らんぷりしててやったけど」
「……ちょっと落ちこませてください」
「なんで?」
「オレ、気付かれてないって……そう、おもってて。なんか色々恥ずかしい。
普通、男に好かれてるとか思わないでしょ。なんで、気づくかな。
先輩、彼女いたじゃないですか。……あ〜ダメだ。恥ずかしい。
しかも、天然のフリしてんのも気づいてたとか、さりげなく言ってるし」
「……星影?」
「は、はい?」
「で、俺でいいよな?」
真っ赤になった顔で目を伏せる。
唸りながら、上をみて、それから首を傾げて先輩を見る。
「どうでしょう?」
「ループしてんじゃねえ!分かった、じゃ、身体からな?」
「えーと。それはちょっと嫌かなと」
「グダグダ言うな!」
「ち、ちょっと時間が欲しいんです」
「ちょっとってどんぐらい?」
「夏休みが終ったら、くらい?」
「おま、今、6月だぞ!三ヶ月もあるじゃん!」
「そんくらいあったら、オレに飽きてるかもしれないし、休み明けには女が変わってる月村先輩じゃないですか……それに……」
険悪な表情の先輩に口ごもる。
「それに?」
「ち、ちょっと先輩に追いかけて欲しいなって」
「俺、そういう事しないだろ?」
「で、ですよね。去る者追わずですもんね」
ぐっと涙を堪えて目をふせた。先輩の手が伸びて来て、オレを抱き寄せる。先輩が大きくため息をついた。
「俺、本気になったの初めてだから、全力で追っかけるからな。
んで、追いついたら、めちゃくちゃにするから、早く言う事聞いとけばよかったって後悔しろ」
呆然と見上げるオレに先輩がキスをする。
「あと、毎日キスはするし、えっちはしなくても一緒に寝るからな」
それって。
「妬いてるんですか?」
「星影……天然、少しは残しとけよ。……めちゃくちゃ妬けるに決まってるだろ!」
オレが吹き出しそうになると、先輩が怖い顔をする。
「笑ったらキスするぞ。まあ、笑わなくてもキスするけど。」
キスして欲しいから笑うことにする。先輩がキスをすると笑いはあっと言う間に消えてしまう。
「あと、髪、黒く戻さない?」
愛しげに先輩が明るい色の髪を撫でる。
「いいですよ」
オレは晴れやかに微笑んだ。
多分もうオレは黒い星影には似ていない。似ていたとしても、それを嫌悪したり悩んだりする必要はない。
***
全力で追いかけて来る月より、ちょっとだけ速く逃げよう。
ひらひら光の尾をふりながら、触れるような触れないような微妙な距離で。
そして、月を求める巫女や神官や人のいる地球から、月を引き離してしまおう。
さぞかし、地球の人々は嘆くだろうけど、そんなことは知ったこっちゃない。
そうだよね?
星は月の影をめぐる
ー完ー
閲覧ありがとうございました。
本編はこちらで終わりです。この後に番外編が1話あって完結になります。
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