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第32話
「…………」
「…………」
部屋に重苦しい空気が渦巻く。
お互いに何も話さない。
「……悠介くん。」
田口さんが重い口を開く。
「……彼のこと知ってるんだよね。」
「……今日話した、助けてくれた人があの人です、名前は知らないけれど。」
田口さんは何も話さない。
おれは知りたくて、聞きたくて仕方がないけれど黙って田口さんが話すのを待つ。
「……」
田口さんがすっと封筒を目の前に置く。
田口さんを見るも何も言わない。
おれは無言で受け取り中を見る。
折りたたまれた紙を取り出し読み始める。
この手紙読んだら捨ててくれ
施設長から聞いてるかもしれないがこの施設は俺がいた施設だ
お前が保護されるってなったら大方ここだとは思っていた
ここら辺に施設はここしかないからな
だから先に施設長にもお前のことを話していた
お前のことを頼む、と先に伝えていた
先にも言ったが俺のことは忘れろ
ただのおせっかい野郎ではなく犯罪者だ
俺のことは忘れてお前はお前の道を歩め
間違っても俺のようになるな
ちゃんと高校卒業して大学なり就職なりして普通に生きろ
俺みたいに間違った道を歩むな
俺のことは忘れて、
、
二度と会わないことを願っている
力強い文字。
最後の一文は走り書きしたようにぐちゃぐちゃになっている。
おれはぐしゃぐしゃに手紙を握りしめる。
「……何が書いてあってのか聞いたりはしないけどそれが彼の総意だと思う。」
何も言い返せず更に手紙を握りしめる。
「……今から僕が言うことはひとり言だからね
反応しないでね。」
「?」
「彼、えーっとこぐっちゃんって子が昔いてね。
親の虐待から保護された子なんだけど。
施設出たあとも資金援助してくれたりとってもいい子でね。
……怖いぐらいに、ね。
こぐっちゃんの生きる意味は人を助けるためみたいなところがあったんだと思うんだ。
自分がそうしてもらった恩返しみたいな感じでね。
笑ったりするけれどどこかつまらなそうで。どこか寂しそうだったな。」
「…………?」
「でも、ある時からイキイキとしだしてね。
何かあったのかいって聞きたら、
『 金曜日に楽しみが出来た 』
って嬉しそうにいわれてね。
僕は初め彼女でも出来たのかと思ったんだけどね。
……あんな嬉しそうなこぐっちゃんは初めて見たよ。
そんな折にさ、こぐっちゃんから急に電話かかってきて、
『近いうちに一人行くと思うのでよろしくお願いします』って。
そして来たのが悠介くんだったんだよね
……大切なんだなーって思っちゃったね」
「……!」
「こぐっちゃん今日きたのもあいつをお願いしますって言いに来てたし。
迷惑とか思ってないだろうしなんなら楽しかったんだろうね。」
「だからこそ、こぐっちゃんは悠介くんに自分と同じようになって欲しくなかったんじゃないかな。
……彼は自分の生き方に迷っているように見えるから。
悠介くんが自分のしたいように生きていることが一番の恩返しじゃないのかなぁ。」
……あの人らしい、と思う。
少ししか関わったことはないけれど。
やっぱり何もかも忘れて、あの人のことを忘れておれは生きていくべき、なのか。
この思いごと忘れて……
ズボンを握りしめ葛藤していると、
「……小さく暮らしを歩む。」
「え?」
「小さく暮らしを歩んでたんだよなぁ。
こぐっちゃんは。」
田口さんが顔をそらし何か言っている。
こぐっちゃんはあの人のことだよな?
ちいさくくらしをあゆむ……
なんだ?小さく、暮らし……
……!小暮!
今日の昼に田口さんに急に言われたやつ!
歩は名前ってことか?
ってことはあの人の名前は小暮歩?
おれは恐る恐る田口さんに聞く。
「……田口さん、もしかしてあの人の名前って。」
「僕から個人情報とかは言えないからね
独り言をたまたま、ぐーぜん悠介くんが聞いちゃったってだけだからね。
答えられないよ。」
……下手すぎる嘘だ。
「……田口さん、」
「ほらほら、もう就寝の時間だよ。
悠介くん明日はバイトじゃなかったかな。
寝よう寝よう。」
「……そう、ですね。
これもひとり言なんで気にしなくていいですが
……ありがとうございます。」
手を振る田口さんに会釈し部屋を出る。
悠介くんが出ていったのを確認してふーっと息を大きく吐く。
「似たもの同士ってやつなのかなぁ……
こぐっちゃん……」
───────
「はいもしもし、田口です。」
『田口さん、手短に言います。
近いうちに一人そっちに入ると思います。
……俺の知り合いです。
面倒かけると思いますがお願いします。』
「えっ、こぐっちゃん?なんだい急に。
何があったんだい?」
『時間がないんです。
……また今度施設帰ります。』
「えっ、こぐっちゃん!?ちょっと!」
プープープー
「……どうしたのかな?」
「田口さん、夜遅くにすみません。」
「いやいや大丈夫だよ、久しぶりだね。
……悠介くんなら元気にしてるよ。」
「…………」
「……会っていかないのかい。
夜遅いけどちょっとくらいなら。」
「いえ、……あいつにこれ渡してください。
用はそれだけなので。」
「こぐっちゃん。」
「あと、近いうちにここから引っ越します。
……お世話に、なりました。
あいつのことよろしくお願いします。」
「こぐっちゃん、やっぱり会った方がいいんじゃないかな。
……お互いに心残りがあるなら。」
「大丈夫です、会わない方が絶対いい
………………では、帰ります。」
「……いつでも帰ってきてね。
一緒に待ってるから。」
「………………」
いつもはしゃんと背筋が伸びている彼の後ろ姿は少し前かがみに……どこか寂しそうに見えた。
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