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第35話

あれからすっかり風邪が治りちょっとずつここでの生活にも慣れてきた。 (傷隠してたのはめちゃくちゃ怒られたけど) 何事もなく怯える必要も何もしなくてもご飯が出てくる環境も快適だけれど…… 「暇なんだよなぁ。」 バイトに出る回数も多すぎるって田口さんに怒られて減らしたし、宿題も終わらせてしまえば何もやることがない。 なにもしなくていいっていうのも気持ち悪い。 「おっ、暇そうなやつはっけーん!」 「おわっ、って田丸と徳丸。 なにしてんの?」 「え、ええと、ぼ、ぼくたち今から田口さんの料理教室に参加するんだけどゆ、悠介くんも一緒にやらない?」 「料理教室?」 「田口さんがたまに開催してんだ。 オレたちがここ出たあと困らないように自炊の仕方とか一人暮らしの心得みたいなの教えてくれんの。 んで、今日は自炊の仕方ってこと。 暇そうだし、暇じゃなくても悠介は強制参加な。」 「えっ、ちょっ、おい!」 腕を捕まれ引きづられるようにして歩く。 「田口さーん! 今日の参加者は三人でーす!」 「おや、今日は悠介くんも参加かい? じゃあまず三人とも手を洗ってきてね。」 「い、いやおれは参加するなんて「よっし手洗いに行こうぜ。」 「人の話聞けよ!」 ぎゃいぎゃい言いつつも素直に従って手を洗いエプロンを身につける。 「よし、じゃあ今日は野菜炒めを作ります。 作ったことある人手あげて。」 三人で顔を見合わせるも誰も手を挙げない。 そもそも父さんがいたときは料理なんてしてたら危なかったから包丁を握ったことすらない。 小暮さんが作ってるのは見たことあるけど。 「みんな初めてってことだね。 じゃあまず野菜の皮むきからやってみようか。」 田口さんに習いながらおそるおそる皮をむき野菜を切る。 切り方一つにも色々あって難しい。 「みんな切れたかな。 次は火をつけてフライパンを温めて……」 「田口さん、できた!」 「た、田口さん、ぼくもできました。」 「おれも一応……」 「うん、じゃあお皿に出してみんなで食べ比べてみようか。」 「「「いただきます」」」 箸を伸ばし食べてみる。 「うわっ、田丸のやつ野菜生焼けじゃね?」 「ゆ、悠介くんの野菜炒めしょっぱい。」 「徳丸のやつは味薄すぎんだろ!」 感想を言い合うおれたちを田口さんがニコニコと笑いながら見つめ口を開く。 「初めてはそんなものだよ。 もっと練習して次に生かせるようにがんばろうか。 さあ、食べ終わったら後片付けもしっかりやろうね。」 「「「はーい」」」 食べ終わり三人揃ってシンクへと向かう。 狭いシンクの中に三人もいるとギュウギュウで身動きが取れない。 「三人もいたら洗えないいだろ。 おれ洗剤で洗うから徳丸泡流して、田丸が皿拭いていって。」 「りょーかい!」 「わ、わかった」 そんなおれたちを田口さんが楽しそうに見ている。 「田口さんなんで笑ってんだよ。オレたちの野菜炒めそんなに下手だった?」 「いやいや最初のときは僕と一人しか居なかったのに増えたなぁって思って。 それに三人とも料理上手だよ。」 「またまた〜、田口さんオレたちのこと褒めるのうまいんだから〜」 「いやいや本当だよ。 僕が初めてしたときは燃えたからね。」 「「「燃えた?!」」」 田口さんがクスクスと笑い出す。 「懐かしいなぁ。 この教室始めた理由はさ、料理してみたいって言ってきた子がいたからなんだよね。 それでその子と簡単そうな目玉焼き作ろうとしたら炎が上がっちゃってね。 二人して慌てちゃってたまたま居た厨房のおばちゃんが消してくれたんだけど…… あのあと二人してすごく怒られたなぁ。 本当に懐かしい。もう十年ぐらい前の話だけど。」 「えー! じゃあオレたち炎あげてないしめちゃくちゃうまいってことじゃん!」 「でもその子、その後からすごく上手くなって最後にはハンバーグとか餃子とか作れるようになってたよ。 料理作るの好きだったし上達も早かったなぁ。 あっというまに覚えて途中から僕が教えてもらうような形になってたし。」 「へえぇすっげー」 「田丸、皿洗い終わったぞ。」 田丸に声をかけ話に聞き耳を立てながらシンクの中を洗う。 顔をあげずに無言で。 「そ、そんなにう、うまくなれるかな。」 「大丈夫だよ。 徳丸くんだってできるようになるよ。誰だって最初は初心者なんだから今はできなくて当然だよ。 また次のときには、そうだね……目玉焼きでも作ってみようか。」 「つ、作ってみたいです!」 「燃やさねーように気をつけねーとな。」 無心で、無言で洗い続ける。 この話の子があの人のように思えて…… 「そ、その人って今、ど、どうしてるんですか。 りょ、料理人になったりしたんですか?」 「いやいや彼は施設出たあとは就職したよ、なんの会社だったか忘れちゃったけど。 最近は連絡取ってないけど元気だといいなぁ。」 バシャッ 「うおっ! 悠介何してんだよ、びしゃびしゃじゃねーか。」 「……水ぶっかかっただけ。」 「え、あ、ゆ、悠介くんない「な~にしてんだよ悠介! ばかだなぁ!」 「また風邪ひくと困るから向こうでふいてこようか、おいで。」 「徳丸はオレと濡れたとこ拭こーぜ、ほらぞうきん。」 「え、あ、う、うん」 ​─────── 「はい、悠介くんこれ使ってふいて。 服は後で着替えようか。」 「……ずびばぜん。」 「いいよいいよ。 ……思い出しちゃったか。」 田口さんが子供にするように優しく頭を撫でてくる。 ……あの人とよく似ていて、似ているように感じてタオルで顔を隠しながらしゃくりあげる。 「か、があざんに会えないのもっ、ざ、ざびじいけどっ! ひっ、ひっぐ……あのひとど、会えないのがっ、も、もっどいやで…… こ、こぐれざんにあいだいぃ……!」 マグマが噴火したかのように目から涙が溢れ出てくる。 人目をはばからず子供のように泣きじゃくる。 何も言わずに撫でてくれるのが更に泣いてしまう。

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